カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ
片桐につられて、美紗も指し示された方を見ると、会計課と人事課のさらに向こう側にある事業企画課の中のひとつの「シマ」が、無人になっていた。直轄チームと同じく、七、八人で構成される渉外班がある場所だ。彼らは日垣より一歩早く、防衛省が所有するマイクロバスにでも乗って現地に向かったのだろう。その一行の中には、つい先日の昼休みに女子更衣室で吉谷や大須賀とにらみ合った八嶋香織も、いるはずだ。
どこの大使館の食事が美味いか、という話題で「直轄ジマ」が盛り上がる中、美紗は一人、八嶋のことを思った。彼女が日垣貴仁に興味を持っているとは、にわかには信じ難かった。しかし、大須賀の言うように、もし八嶋が彼に何がしかの好意を抱いていたとしたら……。後から第1部長直轄チームに入ってきた美紗を、彼女は決して快くは思わないだろう。これまで一年余りの間、全く会話することすらなかったのも頷ける。
その八嶋はこの夜、フランス大使館で、日垣と吉谷が並ぶ姿を目にするのだろうか――。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ 作家名:弦巻 耀