ぺんにゃん♪
第9話「対を成すモノたち」
しとしと……しとしと……
雨粒が落ちる音。
外は肌寒く静かな雨が降っていたが、ミケは温かさに包まれながら目を覚ました。
「オレは……?」
視線の先には優しい顔をしたペン子の姿。ミケはペン子に抱きしめられていた。
「だいじょうぶですか綾織さん?」
「ダメだ……疲労感で腕を持ち上げる気力もない。ほかのみんなは?」
「わかりません。でもきっとだいじょうぶです、偉大なる奇術師のバロンさんがついていますから」
いったいなにが起きたのか?
アレックに力を奪われた。体力も〈サトリ〉の能力も。けれど本当に〈サトリ〉の能力を失ったのだろうか?
そこにはなにも変わらないペン子がいた。
〈サトリ〉の能力を失っても、ペン子に対する印象や想いは変わらない。
優しい笑顔。
果たしてそれを信じていいのだろうか?
ミケは苦悩の表情を浮かべる。
「実はオレには人の心が聞こえる能力があったんだ。今は失われたけど、失われる前からペン子の心の声は聞こえなかった。それが不安で仕方なかったんだ」
「そんな能力があったのですね。でもどうして不安なのですか?」
「世の中には嘘をついたり裏切ったりする人間がいる。心の声が聞こえないと言うことは、それが見抜けなくて、いつ人に裏切られるのかビクビクしなきゃいけないんだ。〈サトリ〉を失った今、とても怖くて仕方ない」
「ヒナのことも怖いですか?」
数秒間、ミケはペン子の瞳を見つめていた。
そして――
「怖くない」
正直な言葉を伝えた。
にっこりと微笑むペン子。
「でしたらほかの人のことも怖くありません。人の心の中が覗けなくても、人は人を信じます。みんなそうやって生きているのですから、綾織さんにもできます」
世の中には疑い深い人間もいるだろう。だが、それがすべての人ではない。
「でもオレは怖いんだ。できればもう誰にも会いたくない――ペン子以外には」
「バロンさんにもですか?」
「親父なら大丈夫かも知れない」
「では山田さんは?」
「微妙だけど大丈夫な気がする」
「ポチさんは?」
「あいつは……オレの命を狙っているけど、信じられないのとはまた話が別で……」
「ほかにもクラスのみんなや、ミケさんが知っているみんなのことを、ひとりひとり考えてみてください」
これまでミケのことを裏切って来た人間もいた。それがすべてではないことをミケは知っている。
ミケは『起こるかもしれない』『起こらないかもしれない』そういった不確定な未来への不安に労力を費やして来た。起こらなかったとき、それは費やした労力が無駄になり、起こったときは費やした労力の上にさらに労力が加算される。頭ではそれがわかっていても、人は未来に不安を覚える。
「わからない。わからないっていうのが正直な気持ちだと思う」
〈サトリ〉の能力で人の心が聞こえていたときも、聞こえなくなった今になっても、どちらも『わからない』のであれば、〈サトリ〉の能力とはいったいなんだったのだろうか?
たしかポチが〈サトリ〉の能力が盲目だと言っていた。
「オレは〈サトリ〉があろうがなかろうが信じることをしなかった」
ミケは重く暗い表情をした。
その重苦しい雰囲気をぶち壊すようにふすまを開けて源(げん)さんがッ!
「テレビを見ろ!」
腹巻きに股引姿が誰かを彷彿とさせる爺さん。
ミケはいろんなモノが吹っ飛んだ頭で眼を丸くした。
「誰だよこの爺さん!」
すぐにペン子が説明を入れる。
「ここはそこにいる源さん八八歳の六畳一間の寝室です。ご迷惑かと思ったのですが、ほかに近くで行く場所がなくて」
その辺りの話はひとまず置いといて、ミケはペン子に肩を借りながら隣の茶の間に移動した。
テレビに映し出されていたのはアレックの姿だった。
アレックは暴れ周り、人を傷つけ、建物を破壊し、大破させた車の上に乗っていた。
《どこに行ったのだ! おのれ、絶対に探して血祭りに……ん、遠くに見えるのは、おそらく余を撮っているのだな》
アレックはカメラ目線になって叫ぶ。
《ペンギン女よ、すぐに余の前に姿を見せろ!》
「ヒナは行ってきます」
すぐに行こうとしたペン子の手をミケは握った。
「行くな。ここにいてくれ」
「ごめんなさい。綾織さんに止められてもヒナは行かなくてはいけないのです」
ペン子はミケの手を優しく振り解いて行こうとした。
しかし、急にその身体が音を立てて倒れた。
それでもペン子は這って動こうとしたが、ペンギンスーツが動いてくれない。
「ごめんなさいペンさん。あなたに無理をさせてしまって……。でもお願いだから動いてください」
遠くから聞こえてくるバイク音。
バァギーン!
窓ガラスを割って庭から紅いバイクに跨った白衣の女が入ってきた。
「発信器を辿ってきてあげたわよ可愛い教え子ちゃ〜ん」
ベルはすぐさまバイクを白衣のポケットにしまい、慌てず騒がず周りが呆気に取られている中、ペンギンスーツの状態を調べた。
「無理させちゃって、修理するのめんどくさいのよね。あーあ、仕方ないから直るまでこっち着てなさい」
そう言いながらベルは白衣のポケットから、ペンギンスーツを取り出した。
「じゃじゃ〜ん、PENGUIN(ペンギン)―SU?(スーワン)よ。機動力は?(ツー)より断然上よ」
イワトビペンギンタイプのペンギンスーツで、頭部の黄色い飾り羽根が印象的だ。
「ありがとうございますベルさん」
「まあモルモットの面倒を看るのもアフターサービスのうちね。はいはい、ネコとジジイはさっさとほかの部屋に行きなさぁい!」
ベルによってミケと源さんはケツを蹴られて隣の部屋までぶっ飛んだ。
そして、ミケはさらに瀕死に陥るのだった。
降りしきる雨の中、人の多い場所を狙ってか、アレックは駅前の広場にいた。
その場に真剣な眼差しをしたペン子が現れる。
「お待たせしました」
「逃げずに来たか、そのまま隠れていればよいものを」
「呼び出したのはあなたです。昔からヒナは呼び出されたら、なにがあろうと絶対にその場所に行きます」
「そこが地獄だとしてもか?」
おそらくアレックは地獄と呼べる場所に何度も行った……いや、その地獄を作り出した張本人だろう。
ペン子は深く頷く。
「はい、地獄でも、それ以上の場所でも、どこへでも」
「口で言うのは容易い」
「だからヒナは行動で示します」
「では死んでもらおう!」
獅子王剣が鞘から薙がれたと同時に衝撃波が趨る。
すぐにペン子はフリッパーで顔を隠した。衝撃波を喰らったと同時に、数十センチ押されたがそこで耐え、抜けていった衝撃波が後ろにあった店を半壊させる。ペンギンスーツは無傷だった。
フリッパーを下げて顔を見せたペン子。その表情は無機質だった。こんな表情、ミケたちには見せたことがない。
「じつはヒナは頭にきています」
「それがどうした?」
「いけないと思いつつも感情を抑えられないヒナがいます。こんな自分が嫌いで嫌いで仕方がありません。だから変わろうと思ったのに、どうしてまた……」
震える声で、情緒が不安定になったペン子は、突然泣き出した。
作品名:ぺんにゃん♪ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)