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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ぺんにゃん♪

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第1話「ネコはペンギンのストーカー」


 ゴゴゴゴゴォォォォォッ!!
 視界を覆う乳白色のスモーク。そこに浮かぶ謎のシルエット。まるでそれはまん丸太った大福餅。
 い、いったいコレは!?
 スモークの中から黄色くとんがったなにかが飛び出した。これはクチバシだ。
 もしや、まん丸太った体に黄色いクチバシ――巨大ペンギンだァァァァァッ!!
 なんたることだ、しかも口の中から少女の顔が覗いている。
 喰われたのかッ!?
 まさかこの巨大ペンギンは可憐な乙女を丸呑みにして、今この瞬間にも消化液でドロドロにしようとしているのか。だとしたら、なんと恐ろしき凶悪ペンギン!
 そして、恐怖に怯えた少女が叫んだ。
「きゃーっ痴漢!」
 ……は?
 今なんとおっしゃった?
 などという間にも謎の人影が逃げていく――鈴の音を鳴らしながら。
 一体全体なにがなんだかさっぱりわからん。
 さぞキミたちもこの展開に置き去りを食らっていることだろう。
 しかし、一番ぽか〜んとしてしまっているのは、窓枠の中にいる少女だった。
「……鈴の音?」
 そう犯人は鈴の音を残して逃走した。
 黄金の鈴を首につけ、ニットキャップを目深に被った細身の影は、スカートを捲し上げながら必死こいて逃げた。
 やがて逃亡者は廊下に誰もいないことを確認して胸をなで下ろし、
「まさか風呂場でもスキを見せないなんて……」
 か細い声で呟きながら、額の冷や汗を手の甲で拭った。
 今まで陰になっていた顔が月明かりを浴び、ほのかな輝きを放った。それは月華のせいだろうか、帽子から覗く黒髪とコントラストになっている肌の色。その肌は異様なまでに白く透き通っており、妖しくも目を惹きつける。
「早く尾行を続けないと……一瞬たりともアイツから目を離しちゃダメだ。どこまでもひつこく追い回してやるぞ」
 セリフをストレートに解釈するなら、どう考えてもストーカーだ。
 ストーカーは口元を歪ませながら、回想に浸ったりしてみた。
 ――そう、あれは寒い冬の日のことだった。
 凍結した道路を腹滑り(トボガン)でツイィーッと巨大ペンギンが横切った。
 それだけだ!
 しかし想像してみたまえ、たとえそれだけであっても、巨大なペンギンが道路を、しかも車よりも速く移動していたら、驚くのが普通だろうッ!
 ストーカーはその後、巨大ペンギンと再び、三度と偶然遭遇することになった。
 そして、兎にも角にもストーカーになることを決意したのだッ!
 さて、そろそろ痴漢のほとぼりも冷めたかもしれない。ストーカーは夜に紛れて行動を開始した。抜き足差し足忍び足、ついでに猫足で、そろりそろりとターゲットの部屋に近づく。
 ここはトキワ学園の学生寮の外だ。先ほどは窓から風呂場の中を覗いたら、あんな結果になってしまった。
 学生寮には旧館と新館があり、家賃の安い旧館は風呂が共有なのだ。さっきペンギンがいたのは旧館の風呂である。
 ストーカーはベランダのフェンスをよじ登ろうと必死だった。まるで断崖絶壁に命綱なしで挑むがごとく、歯を食いしばる形相が必死すぎる。身の丈ほどもないのにだ。
 どーにかストーカーはフェンスを越えた。肩で息を切って鈴を鳴らしている。
「死ぬ……体力が……」
 しかし、ここで休んでいるヒマはないのだ。
 ベランダの窓に手を掛けた。開いている。ここから不法侵入できそうだ。
 部屋の中に入ってすぐに気配を探る。静かなものだ。まだ住人は帰ってきていないと見える。そう、この部屋に住んでいるのがあのペンギンなのだ。
 共有風呂から個人の部屋までは物理的な距離が生じる。
 今がチャンスなのだ!
 ストーカーはさっそく物色をはじめた。
 これと言って特に変わった物は見当たらない。
 それ以前に部屋が質素すぎて物が少ない。ペンギンなのに小魚の一匹も落ちていないのだ。
 洗濯物だろうか、タオルが折りたたんで積んである。その上にあった変わった物が!
 紺色の謎の物体。
 とりあえずストーカーは鼻を近づけて、ニオイをクンクン嗅いだ。それはもう入念に嗅いでみた。イヤってほどひたすら嗅いだ。
 ――洗剤のニオイしかしないようだ。
 ストーカーはそれを手で広げて見た。ついでに伸ばしてみた。名前を記入する白地の部分がある。
『2年2組 ぺんぎん』
 スクール水着だったのかッ!
「あいつ……本当にペンギンなのか?」
 ピキーン!
 気配だ。ストーカーは野性的な勘で危険を察知して、ベッドの下に潜り込んだ。すぐに部屋のドアが開く。
「ふぅ〜、イイお湯だったぺん」
 折りたたんだタオルを頭に乗せたペンギンが部屋に入ってきた。そのままドスンっとベッドにダイビング!
 ストーカーは思わず声を漏らしそうになった。
 ベッドがギシギシ音を鳴らす。
 心臓バグバグのストーカー。身動き一つできない。したら完全にアウトだ。
 だって鈴が鳴るからな!
 体に鈴をつけながらストーカーをするなど、普通に考えたらおバカさんである。
 ストーカーは自分の上でなにが起こってもわからない。
「(……出るに出られない。こんな近くにいるのに、きぐるみを脱いでもわからないじゃないか。絶対にあれにヒミツがあるに決まってるんだ)」
 そうなのだ、巨大ペンギンが少女を丸呑みしたのではなく、顔だけ出るタイプのきぐるみだったりするのだ。
 しかし、ストーカーのいうヒミツとは?
 やがて部屋の電気が消えて、もうしばらくすると静かな寝息が聞こえてきた。
 ゆっくりと這い出すストーカー。鈴を手で押さえながら、心臓の止まる思いでベッドの下から脱出した。
 ベッドの上ではペンギンが腹を突き出して横たわっている。
 寝るときも脱がない。風呂でも脱がない。どこで脱ぐというのだ?
 まさか脱がないということはあるまいな?
 もしも本当に脱がないのならば、脱がせるしかあるまい。
 脱がぬなら、脱がしてしまえ、若者よ。
 青春の名の下に汝の行動を許そう!
 ストーカーはペンギンにゆっく〜っりと指先を伸ばした。
 ピキーン!
 気配だ。
 手汗をかきながらストーカーは全身を硬直させた。
 なんの気配だ?
 ペンギンではなくベランダのほうからしたぞ?
 ストーカーは全神経を集中させて耳を澄ませた。
「(気のせいだったのか?)」
 しかしそれは気づけぬだけだった。このときベランダには謎の人影が――さらにその影を監視する影がいようとは、誰が予想しただろうか!?
 まあ、予想する余地もないことを予想できたら、ただのエスパーだが。
 再びストーカーがペンギンの寝込みを襲おうとした、まさにそのとき!
「ダメ〜っ!」
 窓が開きパンダが飛び込んできた!?
 新たな侵入者の乱入にストーカーは慌てたが、考えるよりも早くパンダに飛びかかり、そのままベランダまで押し飛ばし、さらに押し倒した。
 パンダに馬乗りになったストーカー。
 よく見ると、このパンダもまたきぐるみであった。
 やっぱり顔だけ出るタイプで、やっぱり少女。
 流行りなのかッ!
 無言で見つめ合う二人。
 いつの間にかストーカーの帽子は床に落ちてしまっていた。
 そして、露わになったネ・コ・ミ・ミ!!
 なんとあるまじき、ストーカーの頭にはネコのような耳が生えていた。