ぺんにゃん♪
第1話「ネコはペンギンのストーカー」
ゴゴゴゴゴォォォォォッ!!
視界を覆う乳白色のスモーク。そこに浮かぶ謎のシルエット。まるでそれはまん丸太った大福餅。
い、いったいコレは!?
スモークの中から黄色くとんがったなにかが飛び出した。これはクチバシだ。
もしや、まん丸太った体に黄色いクチバシ――巨大ペンギンだァァァァァッ!!
なんたることだ、しかも口の中から少女の顔が覗いている。
喰われたのかッ!?
まさかこの巨大ペンギンは可憐な乙女を丸呑みにして、今この瞬間にも消化液でドロドロにしようとしているのか。だとしたら、なんと恐ろしき凶悪ペンギン!
そして、恐怖に怯えた少女が叫んだ。
「きゃーっ痴漢!」
……は?
今なんとおっしゃった?
などという間にも謎の人影が逃げていく――鈴の音を鳴らしながら。
一体全体なにがなんだかさっぱりわからん。
さぞキミたちもこの展開に置き去りを食らっていることだろう。
しかし、一番ぽか〜んとしてしまっているのは、窓枠の中にいる少女だった。
「……鈴の音?」
そう犯人は鈴の音を残して逃走した。
黄金の鈴を首につけ、ニットキャップを目深に被った細身の影は、スカートを捲し上げながら必死こいて逃げた。
やがて逃亡者は廊下に誰もいないことを確認して胸をなで下ろし、
「まさか風呂場でもスキを見せないなんて……」
か細い声で呟きながら、額の冷や汗を手の甲で拭った。
今まで陰になっていた顔が月明かりを浴び、ほのかな輝きを放った。それは月華のせいだろうか、帽子から覗く黒髪とコントラストになっている肌の色。その肌は異様なまでに白く透き通っており、妖しくも目を惹きつける。
「早く尾行を続けないと……一瞬たりともアイツから目を離しちゃダメだ。どこまでもひつこく追い回してやるぞ」
セリフをストレートに解釈するなら、どう考えてもストーカーだ。
ストーカーは口元を歪ませながら、回想に浸ったりしてみた。
――そう、あれは寒い冬の日のことだった。
凍結した道路を腹滑り(トボガン)でツイィーッと巨大ペンギンが横切った。
それだけだ!
しかし想像してみたまえ、たとえそれだけであっても、巨大なペンギンが道路を、しかも車よりも速く移動していたら、驚くのが普通だろうッ!
ストーカーはその後、巨大ペンギンと再び、三度と偶然遭遇することになった。
そして、兎にも角にもストーカーになることを決意したのだッ!
さて、そろそろ痴漢のほとぼりも冷めたかもしれない。ストーカーは夜に紛れて行動を開始した。抜き足差し足忍び足、ついでに猫足で、そろりそろりとターゲットの部屋に近づく。
ここはトキワ学園の学生寮の外だ。先ほどは窓から風呂場の中を覗いたら、あんな結果になってしまった。
学生寮には旧館と新館があり、家賃の安い旧館は風呂が共有なのだ。さっきペンギンがいたのは旧館の風呂である。
ストーカーはベランダのフェンスをよじ登ろうと必死だった。まるで断崖絶壁に命綱なしで挑むがごとく、歯を食いしばる形相が必死すぎる。身の丈ほどもないのにだ。
どーにかストーカーはフェンスを越えた。肩で息を切って鈴を鳴らしている。
「死ぬ……体力が……」
しかし、ここで休んでいるヒマはないのだ。
ベランダの窓に手を掛けた。開いている。ここから不法侵入できそうだ。
部屋の中に入ってすぐに気配を探る。静かなものだ。まだ住人は帰ってきていないと見える。そう、この部屋に住んでいるのがあのペンギンなのだ。
共有風呂から個人の部屋までは物理的な距離が生じる。
今がチャンスなのだ!
ストーカーはさっそく物色をはじめた。
これと言って特に変わった物は見当たらない。
それ以前に部屋が質素すぎて物が少ない。ペンギンなのに小魚の一匹も落ちていないのだ。
洗濯物だろうか、タオルが折りたたんで積んである。その上にあった変わった物が!
紺色の謎の物体。
とりあえずストーカーは鼻を近づけて、ニオイをクンクン嗅いだ。それはもう入念に嗅いでみた。イヤってほどひたすら嗅いだ。
――洗剤のニオイしかしないようだ。
ストーカーはそれを手で広げて見た。ついでに伸ばしてみた。名前を記入する白地の部分がある。
『2年2組 ぺんぎん』
スクール水着だったのかッ!
「あいつ……本当にペンギンなのか?」
ピキーン!
気配だ。ストーカーは野性的な勘で危険を察知して、ベッドの下に潜り込んだ。すぐに部屋のドアが開く。
「ふぅ〜、イイお湯だったぺん」
折りたたんだタオルを頭に乗せたペンギンが部屋に入ってきた。そのままドスンっとベッドにダイビング!
ストーカーは思わず声を漏らしそうになった。
ベッドがギシギシ音を鳴らす。
心臓バグバグのストーカー。身動き一つできない。したら完全にアウトだ。
だって鈴が鳴るからな!
体に鈴をつけながらストーカーをするなど、普通に考えたらおバカさんである。
ストーカーは自分の上でなにが起こってもわからない。
「(……出るに出られない。こんな近くにいるのに、きぐるみを脱いでもわからないじゃないか。絶対にあれにヒミツがあるに決まってるんだ)」
そうなのだ、巨大ペンギンが少女を丸呑みしたのではなく、顔だけ出るタイプのきぐるみだったりするのだ。
しかし、ストーカーのいうヒミツとは?
やがて部屋の電気が消えて、もうしばらくすると静かな寝息が聞こえてきた。
ゆっくりと這い出すストーカー。鈴を手で押さえながら、心臓の止まる思いでベッドの下から脱出した。
ベッドの上ではペンギンが腹を突き出して横たわっている。
寝るときも脱がない。風呂でも脱がない。どこで脱ぐというのだ?
まさか脱がないということはあるまいな?
もしも本当に脱がないのならば、脱がせるしかあるまい。
脱がぬなら、脱がしてしまえ、若者よ。
青春の名の下に汝の行動を許そう!
ストーカーはペンギンにゆっく〜っりと指先を伸ばした。
ピキーン!
気配だ。
手汗をかきながらストーカーは全身を硬直させた。
なんの気配だ?
ペンギンではなくベランダのほうからしたぞ?
ストーカーは全神経を集中させて耳を澄ませた。
「(気のせいだったのか?)」
しかしそれは気づけぬだけだった。このときベランダには謎の人影が――さらにその影を監視する影がいようとは、誰が予想しただろうか!?
まあ、予想する余地もないことを予想できたら、ただのエスパーだが。
再びストーカーがペンギンの寝込みを襲おうとした、まさにそのとき!
「ダメ〜っ!」
窓が開きパンダが飛び込んできた!?
新たな侵入者の乱入にストーカーは慌てたが、考えるよりも早くパンダに飛びかかり、そのままベランダまで押し飛ばし、さらに押し倒した。
パンダに馬乗りになったストーカー。
よく見ると、このパンダもまたきぐるみであった。
やっぱり顔だけ出るタイプで、やっぱり少女。
流行りなのかッ!
無言で見つめ合う二人。
いつの間にかストーカーの帽子は床に落ちてしまっていた。
そして、露わになったネ・コ・ミ・ミ!!
なんとあるまじき、ストーカーの頭にはネコのような耳が生えていた。
作品名:ぺんにゃん♪ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)