小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

詩集【紡ぎ詩Ⅲ】 ~恵想花~

INDEX|1ページ/10ページ|

次のページ
 
『下弦の月~夜明け前~』

月が出ている
まだ夜明け前の薄青さをそこここに残した空に
やや右縁の欠けた月がくっきりと浮かんでいる
早朝の凍てついた大気の中
見上げる私の視界に
小さく見える月を背景に二つの巨大な建物がそそり立つ
かつて双方の家にはどちらもたくさんの人が住んでいた
右側の二階家は既に住む人もない廃屋と化し
左側の三階家は老夫婦だけがひっそりと暮らしている
かつて子どもたちの歓声が溢れた家々は
今 ひそやかな静けさをいまとい佇むのみ
まるで 巨大な恐竜が永い眠りを貪るかのように

時は流れ季節はうつろい
人は生まれ生きて やがて消える
この世に変わらないものなどあるのだろうか
蒼白い月はただ静かに
今はひっそりと眠るかのような家々を見下ろしている
ただ月だけがこれから百年先もずっとここにあって
変わらず私たち人間を見下ろしているのだろう

私は月を見上げ
月も私を見下ろす

私の立つ場所からは
薄い藍色の空に浮かぶ月は
まるで二つの建物だけを見つめているようだ
ただ ひたすら慈しみのこもった静謐なまなざしで
この世には他の何も存在しないかのように
三階家の壁を季節外れの朝顔が覆っている
すみれ色の小さな花がその小さな体をそっと晩秋の寒風に震わせた




☆「花ひらく」

まだかすかに冷たさを残した春の大気の中
身を縮めるようにして 可憐な桜の蕾が膨らみ始めている
小さな小さなその蕾は何を想い 
花ひらく瞬間を待っているのだろうか

今日 自宅の桜を見にいった
自宅といっても庭にあるわけではない
自宅の寺の前に植わっているのだ
川沿いに植わっているため
まだ蕾ばかりで 花は一つもなかった
それでなくても寒さで今年は桜の開花が遅れている

楽しみにしていた庭の白木蓮もあっという間に開き散った
桜も一つがほころび始めたら 
一斉に花ひらくことだろう
花を待つ間は途方もなく長いのに
美しい花の盛りを愛でる期間の何と短いことか
人の一生もそんなものではないか
盛りの時期は呆気ないほど速く過ぎ去り
長い秋の日々が待ち受けている

ある時 ふと思った
人は年を取るが それは絶対的なものではない
もちろん肉体は確実に衰えてゆく
けれども 心はそのあり方次第でいつまでも若くいられるのではないか
心に花を持つ人は不思議と年を取らない
前を見つめて生きている人は生き生きと輝いている

大切なのは嘆くことではなく
現実を受け容れ 自分に何ができるかを考えること
長く厳しい冬をじっと耐え抜く花がいつも私に教えてくれる

―心に花を持ちましょう―

大きくなくも綺麗でなくても良い
あなただけのあなただけにしか咲かせられない花を

今年も桜の季節がめぐってきた
今日咲くか明日ひらくか
これから毎日のように川縁の桜を眺めにゆくだろう
長い冬を乗り越える花の強さにあやかりたいものだと心に念じながら
今 自分には何ができるだろうか


☆「桜咲く頃を夢見て~時にはブレながら、また前を見つめて生きる~」☆


つと顔を上げれば 春の蒼い抜けるような高い空
セルリアンブルーの絵の具を丁寧に塗り込んだような空を切り取るのかように
桜の枝が頭上を覆っている
たわわについた桜色の花たちは静かに眠るように息を潜めていながら
不思議に圧倒的な存在感をもって私を魅了する
冬の寒さのせいか 今年は桜の開花がかなり遅れた
漸く咲いたと思ったら瞬く間に満開になり
気が付けば盛りは過ぎている

「久方の光のどけき春の日に」と詠んだ古人ではないけれど
毎年 散る花びらを眼で追いながら
何故 桜はこんなに気が急くかのように散り急ぐのかと不思議に思ってきた
桜の花は小さな花びらが一枚一枚 はらはらと零れ落ちるように散る
椿の花は大輪の花が呆気ないくらい潔く花ごと一挙に落ちる
共に潔い散り方でありながらも その終わり方は随分と違う
どちらが良い悪いかではなく
与えられたさだめに従容と従うその柔軟さと
裏腹に 過酷な環境でも懸命に花開こうとするそのしなやかな強さに惹かれる

時にはブレそうになりながら 
それでも 前を見つめて歩いてきた
人生という一本のこの道

たまに他人から言われる
―あなたはブレない人ですね。
信念を持って道を突き進んでいくように見て貰えるのはありがたい
だが そんなことはない 
自分ほどブレやすい人間はいないだろうと思う
あるときは他人を羨みながら
あるときは自分を嫌悪しながら
くじけそうなったことは数え切れないほどあった
そんな時 私の瞼に満開の桜が甦る
薄紅色の花また花 花の向こうにひろがる果てしない青空
時折 風もないのにはらはらと舞う桜貝のような花びら
迷った時 思い悩んだときは花を見れば良い
ただ黙って風に揺れる花たちが私にどこに向かえば良いのか教えてくれる

ブレるのも思い悩むのも それは生きているからこそ
死んでしまえば 最早苦しみもない
そして 苦しみもない代わりに歓びもない
心で何かを感じられるということは生きている証なのだと気づいたのは
いつのことだったか
嫌悪感も羨望も凡人ならば持っていて当たり前
大切なのは その感情をどうプラスのエネルギーに変えてゆくかだろう
マイナスの感情に呑み込まれてはいけない

道に迷ったときは花の姿を見れば良い
静かに風に揺れる花たちが黙ってゆく先を指し示してくれる
桜の時期も終わっても
私の心の中にはいつでも薄紅色の花たちが静かに咲いている


☆「はるかなユートピアを求めて」

長い道を歩き続けて ここまで来た
そして見つけた私なりの「ユートピア」
ここを見つけるまで 色々な行程があった
あるときは眼前にそびえたつ峻険な絶壁に絶句し
あるときは はるか真下に逆巻いて流れる川にめまいさえ憶えた
晴れた青空がひろがっていると思えば
急に黒雲が頭上を覆い尽くし 土砂降りに打たれたこともある
やっと見つけた理想郷は
自分から見ても完璧とはいえない
けれど この世にそもそも完全なものだとあるのだろうか
この理想郷を見つけた時 私は初めて気づいた
ユートピアとはそもそも自分の心の中にあり
元から存在するものではなく自分自身で作り上げるものだと
それを自分の心の持ち様とある人は呼ぶのかも知れない
呼び方は人それぞれによって違う

恐らく この理想郷もこれから少しずつ形を変えてゆくだろう
私自身が時間を掛けて作り上げてゆく
それが私の理想郷


☆「寄り道」

時には寄り道をしたくなる
長い道を一人で歩いていると
ふと見上げる空の青さに見惚れてしまって
いつしか立ち止まってしまったり
脇道沿いの野原に名もない美しい花を見つければ
脚が勝手にふらふらと脇道に向いてしまっていたりする
大抵の場合 脇道の先は行き止まりのことが多い
ごく稀に そこから別の広い道が開けたりもするけれど
たいがいは行き止まりだ
何に誘われて道を曲がりたくなるのか自分にさえ判らない
予測がつかない
昔懐かしいひとときを思い出してしまうのか
或いは 人恋しくなるのか
冷静になって初めて 脇道の先は何もないと気づき愕然とする

若い頃 人生の寄り道は無駄が多いと思っていた