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暗闇を越えて

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仕方ないのだ、と何度も言い聞かせる。父を超えなくてはならない。最良の方法ではないが、こうでしか父を超えるすべはなかったのだ。耳の中で、一度だけ電話をしてきた母の声が響く。あれほど無感情で、いつも目を伏せていた母だったが、あの電話のときだけはやさしい声だったような気がする。でも、あのときの母を受け入れるわけにはいかなかったのだ。それは逃げることだから。「それでは逃げることになるので、できません」
苦味をもって、自分の返答を思い出した瞬間、父が目覚め、目を見開き、そして芳雄を見た。反射的にめちゃくちゃな軌道を描きながら、包丁を降り下ろす手を、芳雄はまるで他人の手のように感じていた。

芳雄は夜道をひたすらに走っていた。車庫にある自転車の鍵を外すために立ち止まるのすら怖くて、ただ自分の足で駅に向かって走った。自分の荒い呼吸と、背中で跳ねる荷物の音が重なる。涙が頬やこめかみを伝うが、それを拭いもせずに走り続けた。
ホームに止まっていた電車に飛び込む。ホームも車内も閑散としており、芳雄は誰もいない車両の一角に腰掛けた。同時に、電車が闇の中を滑り出していく。
荷物の中から、写真たてを取り出す。だがすぐにしまった。着いた駅で捨てようか、迷った。そこにはもう二度と戻れない家が写っている。芳雄は声を押し殺して泣き崩れた。何度か駅を越え、時折人が乗車しては、芳雄に怪訝そうな目を向ける。それでも芳雄は泣き続けた。
しばらくして、芳雄はもう一度写真たてを取り出した。そして、写真を撫で、傷つかないようにハンカチでくるむと、ナップザックの内袋にしまいなおした。ふと、芳雄の胸に父の姿が去来する。それは自分を殴る父でも、怒鳴る父でもなく、さっき背を向けたばかりの、畳に突き刺さった包丁をぼんやりと見つめる父の姿であった。
作品名:暗闇を越えて 作家名:渡来舷