暗闇を越えて
階下にある柱時計が11回、鐘を打つ。高校3年生になったのだから、今まで以上に結果を残さなくてはならないと父は言っていた。このタイミングでのこの成績は、間違いなく今まで以上に父を激怒させるだろう。もしかしたら、玄関脇にあるバットで殴られるかもしれない。そうなったら、死んでしまうかもしれない。竹刀で殴られたときの痛みはずっと残り、今でも背中に薄く傷跡がある。
父を殺すしかない。
まるでそれは天啓のようだった。
芳雄はナップザックの中に下着と財布、銀行のカード、自転車の鍵を入れた。なにか本を持っていこうと思ったが、たくさんの本が詰まっている本棚に芳雄の読みたい本はなかった。参考書の外には、父が買い揃えた本しかないからだ。それから、机の上に置いていた写真たてを放り込んだ。
急げば、終電に間に合うだろう。芳雄はナップザックを持ち、階段を、音を立てないようにゆっくりと降りていった。照明をつけるか一瞬ためらったが、暗いまま廊下を進み、ナップザックを玄関に置くと、台所に入り、包丁を手に取った。階下の一番奥が父の寝室だ。包丁を片手に、まるで墨で塗り固めたように暗い廊下を父の寝室まで進むと、ドアの向こうから父のいびきが聞こえてきた。
ドアを開けると、いびきが大きく聞こえ始め、芳雄は自分の足がすくむのを感じた。だが、呼吸を整え、目を見開いて布団の上の父を見据えた。父の寝室も照明がついていなかったので、闇の中にぼんやりと影のように父の寝姿が浮かんでいる。
畳の上を這うように進み、包丁を頭上に掲げてから、父の寝顔を覗き込んだ。父のいびきと自分の心臓の音が響き、頭痛がする。もしも父がここで目を覚ましたら、父はどうするだろうか。思わず包丁を握りなおす。失敗したら、包丁を取り上げられたら、もう次はなにもないのだ。
ぽっかりと口を開けて無防備に眠っている父の顔を覗き込みながら、包丁を振り下ろそうとするのだが、まるで両手が空中で留められているように動かない。