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からっ風と、繭の郷の子守唄 121話~125話

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 「大丈夫です、おじさま。
 お約束のキスですが、もう少し元気になるまで『お預け』してもいいかしら?
 俊彦さん。お気遣いをいただき、ありがとうございました。
 2部式の着物も、またあとで物色させてください。
 元気になったらまた、お2人にお礼かたがた桐生へ遊びに来ます。
 作務衣を拝借したまま、今日はこれで失礼します」


 「おう。分かった。そうしろ。
 いいから、いいから、もう余計な神経を使うんじゃねぇ。
 頼んだぜ康平。姉ちゃんを大事に前橋まで送り届けたやってくれ。
 世話になったなぁ、姉ちゃん。
 あんたは堅気にしておくのはもったいない器量をもっている。
 俺がもう少し若けりゃ、無理にでも口説くんだが、残念ながらこの歳だ。
 ありがとうな。気いつけて、けえれよ」※上州弁で、帰る→『けえる』
 と表現します※
 
 織物の街・桐生市から県都の前橋市まで、国道を車で約40分。
赤城山の南山麓を、東から西に向かって横断していく。
長い裾野を引く赤城山は、前橋市から見た形が正面になる。
桐生市から見る、いくつも尾根が連なった山容は、真横を向いた形になる。

 貞園を乗せた千尋の軽自動車が、深夜の国道を軽快に走る。
ハンドルを握る康平は無言のまま、前方を見つめている。
貞園は毛布につつまれたまま、後部座席で横になっている。
助手席に座った千尋が、時間が経過するたび、ルームミラーへ目を走らせる。
貞園がちょっと身動きをするたびに、後部座席を振り返る。
貞園の様子から、ひとときも目を離さない。
貞園が大きく寝返りをみせたとき。助手席から見守っていた千尋が、
『停めて』と、運転席の康平へささやく。


 「やっぱり貞ちゃんの様子が、ちょいと変。
 たぶん、持病の過呼吸症と戦っとる最中だと思う。
 運転を代わります。康平くんは後部座席へ移って貞ちゃんをみてください。
 過呼吸はある程度、自分でコントロールが出来る病気だそうどす。
 貞ちゃんはいま、その瀬戸際どす。
 必死に頑張っとるところだと思います。
 貞ちゃんを支えて、励ましてあげて。
 いまの貞ちゃんに必要なのは、ウチじゃなくて康平くんだと思う。
 あれほどあんたを慕っとるのに、なにひとつしてあげないなんて、
 あなたも残酷すぎます。
 貞ちゃんの秘めた気持ちは、あたしも気がついています。
 でも今日だけは別。やきもちなんか妬きません。
 安心して、後部座席へ移ってちょうだい」


 後部座席へ移った康平が、眠っている貞園の上半身を抱き起こす。
火照った貞園の頬が、康平の胸に触れる。
汗で濡れてている前髪を、康平が指で、そっとかきあげる。
貞園の火照りが、康平の手のひらに伝わってくる。
形の良い胸のふくらみが、不規則に上下動を繰り返している。
はんぶん開いた貞園の唇から、熱い吐息が、とぎれとぎれに漏れてくる。


 「はい、タオル。
 これで、ちゃんと貞ちゃんの汗を拭いてあげて。
 風邪をひかせへんために、恥ずかしがらんと、ちゃんと拭いてあげるのよ、
 手をぬいちゃあかんよ」

 タオルを受け取った康平が、貞園の頬に浮かぶ汗を、ひとつずつ抑えていく。
『ここも・・・・』と貞園が、康平の耳元で小さくささやく。
貞園の指が、作務衣の襟を少し開ける。
白い首筋に、キラリと汗が光っている。その様子が康平からもよく見える。
『起きているのか、お前・・・』と康平が小声で聞く。
だが貞園は、いぜんとして目を閉じたままだ。

 『いいえ。私はまだ眠ったままです。
でもこの手が勝手に動いて、作務衣の襟を開けてしまいました』
いいから拭いて頂戴と、さらに貞園が耳元で甘える。
『千尋さんの公認です。いいから拭いてよ、風邪をひいちゃいそう。うふっ』と、
小悪魔の微笑みを見せる。

(126)へつづく