からっ風と、繭の郷の子守唄 116話~120話
『スイッチを切っても誰かが入れ直せば、すぐに照明は元へ戻ってしまう。
肝心なのは、スイッチを切った直後の行動だ。
裏の出入口か、厨房の奥に、必ずといっていいほど配電盤が設置してある。
その配電盤が、今回の作戦の可否を握っている。
まずは、その場所をちゃんと確認しておいてくれ。
頭の中にたたきこんでおけ。
高さも問題になる。
ほとんどの場合。背伸びをしただけでは届かない高い位置に有る。
ママに気づかれないように、踏み台うを用意しておけ。
真っ暗闇にしたら、壁伝いにすみやかに移動する。
配電盤のブレーカーを落とす。
配電盤の位置が正確に分かっていれば、闇の中でも移動することができる。
ブレーカーは暗闇でも判るように、平らな部分の上に突起がある。
そいつを探し当てたら、その突起を下へ押し下げるだけだ。
ブレーカを復活させないかぎり、店内には真っ暗闇の状態がいつまでも続く。
真っ暗闇を維持させるための手順だ。
この手順をひたすら繰り返し、目と手にしっかりと覚え込んでおけ。
それがたぶん、お前さんと実行犯の命を、助けることになるだろう』
『作戦Cでなくなった場合、もう手だけが無いわけではない。
ただし危険はつきまとう。くれぐれも慎重に行動してくれ』
あの日の岡本の言葉が、壁を伝って進む貞園の耳元へ、はっきり蘇ってくる。
『暗闇が効力を持つのは、数十秒から1分。
それ以上かかった場合、当初のパニックから落ち着きを取り戻す。
ほとんどの人間が、平常心を取り戻す。
そうなると、救出のためのチャンスは、ほとんどなくなる。
電気を消したときから、配電盤のブレーカを落とし、実行犯を救出するための
タイムリミットは、およそ1分と考えろ。
たかが1分だ。だがこの1分が、生死をわける時間になる。
カウンター内で照明のスイッチを切る。
さらに配電盤のブレーカを落としてから、実行犯を連れて手下が待っている
ドアの外まで逃げ出す。
総長たちもすでに、襲撃を嗅ぎつけている可能性がある。
そうなると実戦に慣れている連中の方が、はるかに優位に立つ。
銃撃戦が始まれば、未熟な腕の実行犯のほうが、先に撃たれてしまうだろう。
実行犯が怪我することも考えられる。
怪我をしている場合、引きずってでも店の外へ出なければならない。
そういう意味でこの作戦は、作戦Cを越えていく荒業だ』
貞園が暗闇の中で、用意しておいた踏み台を探り当てる。
その上に登る。指先を伸ばしていくと、配電盤のたしかな手応えが返ってくる。
貞園の指先が、ブレーカーの突起を探す。
見つかったブレーカーは、貞園の指先によって音も立てず下側へ倒れ込む。
これで誰かが回復しない限り、店内の暗闇の状態が維持される。
『その先が、もっとも困難をきわめる仕事になる。
無事に、店内から脱出するのは大変だ。
配電盤から離れたら、あわてず、踏み台を元に戻しておけ。
そのままにしておくと、お前さんが協力者だという証拠をそこに
残すことになる。
カウンターから店内に戻ったら、いそいで四つん這いの体勢を取れ。
何も考えずに、一直線にドアまで這っていけ。
ここが一番肝心だ。
間違っても床に倒れている実行犯を探しだそうとして、動き回るなよ。
実行犯は店内の奥深い部分までは、侵入してこないだろう。
臆病なやつほど、出入り口近くにとどまって、いそいで拳銃を撃つものだ。
出口へ向かって、いちばん近い逃げ道をつくるためだ。
四つん這いになったお前が、出口に向かって進んだとき、
途中でぶつかった相手が居るとすれば、そいつがおそらく、襲撃に失敗した
実行犯ということになるだろう」
(121)へつづく
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 116話~120話 作家名:落合順平