それから(それからの続きの・・・の続き)
それから(20) 最後はホント
「何かと可愛がって頂きましたが、此処を辞めなきゃならないかも知れません・・」
と告げた。
オヤジさんは、急な言葉に、ちょいと驚いた様だった。
「どういう事じゃ?」
「・・ABの社長が、昨日、脳梗塞で・・」
「そりゃぁ、ほんまか?」
「はい、賢治に、あそこの従業員から連絡が有ったそうで・・」
「・・で? また、ABへ戻ると言うんか?」
「いや、そこまでは、まだ何とも考えていませんが、取り敢えず、容子さん一人になるので、何とかしなければと・・ 申し訳ありません。」
オヤジさんは、椅子の背もたれにド~ンと身体を預けた。そして、タバコに火を点ける。
「・・たちまちは、(AB建設の)社長の様子見じゃのう。・・まあ、脳梗塞じゃぁ、もう仕事は、無理じゃろうけど・・」
「・・」
「それで、お前、容子さんと一緒にでも成ろうという気か?」
「いや、そうではありませんが・・、色々世話になっていますし・・」
「・・どういう関係じゃったんなら?」
「・・」
「わしも、お前とあの子の事は、ちいとは(すこしは)聞いとるけん・・、行く処まで行っとったんか?」
「はい。」
(此処が、勝負だ・・)
と、返事の後、オヤジさんの反応を窺う。
「そうか・・、そんなら、お前の気持ちも分からんでもないが・・ しかし、お前も、なかなかの者(もん)じゃのう。・・今も、誰か他の女と付き合うとるらしいが、そっちとは、どうなんじゃ?」
「まあ、付き合い始めたばかりですから・・、諸々が片付くまで待ってくれれば、一緒になろうかと思っています。でも、この事すべて、彼女に話すつもりです。理解して貰えないとか・・、待てない様なら・・、別れざるを得ません。いずれにしても、何時までも此処に居てはいけないと、思っています。」
「此処に居らんで、どうするんじゃ?」
「またフィリピンにでも行こうかと・・。行けば、もう二度と帰る気は、ありません。」
(俺も適当だなぁ・・)
「・・・兎に角、病院へ行ってみんか。話は、その後じゃが・・、ABさんには、うちも世話になっとるし、わしも、悪い様にはせんつもりじゃけん・・」
俺は、
(嘘を吐いてすみません・・)
と、深くお辞儀をして、オヤジさんの部屋を出た。
その日、たまたま事務所に居たから良かったものの、これが現場に出ていたなら、どうなっていたか分からない。それに、賢治が、ABの従業員に、社長が倒れた事を○○に言うのを、いち早く口止めしてくれたから・・
○○が発注した現場の仕事をしている最中の出来事なので、先にオヤジさんや専務(現社長)の耳にでも入ったなら、色々とややこしい進展になっていたかも知れない。
後で聞いた話だけど、オヤジさんは、俺が辞めるかも知れないと聞いて、少々困ったそうだ。
俺に色々な知識を教えてくれたCさんは、この1年ほど前に、○○を退職していた。
彼は、定年後も、もう少し働きたいという意志を持っていたのだが、検診で癌が見付かり、辞める事を決めた。辞めるにあたり、彼の最後の言葉として、
『もう知識では、わしと遜色はない。よう頑張ったのう・・。あと、わしが、お前より勝っとるのは、経験だけじゃ。ええか、立ち木を一本でも多く残すんで。山の下を流れとる水路(みずみち)が変わらん様にと、願いながら掘って行くんで。』
と、話して頂いたのが忘れられない。
(Cさんが、もうこの世の人ではないとの解釈も出来る内容なので、書き加えますが、彼は、今では、健康を取り戻し、時々、会社に顔を出して、人を笑わせて帰って行きます。)
Cさんの後を引き継いだ形の俺が居なくなるのは、○○に取って、相当困る状況になると、オヤジさんは、考えたそうだ。
それに、賢治も、当然俺と行動を共にするだろうし、賢治ばかりではなく・・と。
そうなれば、折角、若い力が伸び始めた会社に取って、また、一から出直さねばならない。相当の苦労と年数を無駄にする事になる。
まあ、悪い事とは知りながら、これは、計算の上だ。
オヤジさんと共に行動する事が多くなった俺は、それまで彼に対して抱いていた印象が、随分変わって来た。
彼の性格は、一言で云えば、人情味のある寡黙な人。
だけど、大小を問わず、ひとつの企業を維持する為には、情ばかりを売り物にしていたのでは、何時か他の企業に食い潰されてしまう。
よく見ると、オヤジさんは、此処一番といった時、鬼に成れる人でもあった。さっきまで軽口を敲いていたかと思うと、専務や他の従業員が持ち込んだ問題に対し、
「それは、これこれ然々にせにゃいけん(しなくてはならない)。」
と、言葉少なに言う。
専務以下は、それを聞くと、何の疑問も抱かないかの様に、彼の言う通りに実行する。
そんな事をすれば、お得意さんが困るでしょう と思える事でも、彼等は、まるで一枚岩の如く、オヤジさんに逆らう事なく遂行する。
一度、俺が、
「もっと他にも、方法があるのでは・・?」
と言いかけた時、彼は、俺の口を制し、
「わしは、今の会社を守る為なら、鬼にでも蛇にでも成るで・・。4人で始めて此処にまで、のし上げて来た、わしの会社じゃけん。その会社の一人ひとりに、家族が在るけん・・」
と、呟く様に言った事がある。
俺は、その時、トップに立つ者の覚悟 というものを教えられた。こういう場合、他人になど相談出来るものか! 一人で決めて、結果など後の事は、良くても悪くても自分一人が、責任を持てばいいという、肝の据え方を教わった。
しかし、同時に、この会社の従業員に家族が在る様に、他の会社の人にも家族は在る と、何だか複雑なものを感じた。
生きるって 何だろう・・
AB建設がどうなろうと、他人から見れば、ほんの些細な出来事かも知れない。だが、俺に取っては、その教わった肝を据える時が、今だと思った。
オヤジさんは、自分の会社に不利になると判断すれば、すぐにでも対抗手段を取る人だ。例え、それが、個人的に親しい相手であっても、混同して決断を鈍らせる事はしない。
事実、彼が、放漫経営の下請けを、有無を言わさずスパッと切り捨てた処を、俺は、彼の傍で見ている。
だが、逆に・・俺が、今の段階で、今後とも・・とまでは言えなくても、本当に会社に必要だと思われているのであれば、多少強引なお願いをしても、彼は、承諾せざるを得ない筈だ。
今まで俺は、只管真面目に働いて来た。これには、自信がある。
そして、この様な事態に備えてというのでは決してなかったが、後輩達に対しても、彼等の為に良かれと思う事を考え、実行して来た。
○○に入社以来、関わりを持った若い奴等が、どの様な反応を示すかと、別の意味でも関心があった。これは、良いか悪いかは話の他で、俺の人間ウォッチという癖も手伝ってが故。
俺が、辞めざるを得ない結果となれば、それまでの事。バイバイ、悪うございましたと去れば好い。
俺は、車の中で賢治から、ABの社長の容態と容子さんの様子を聞く。
幸い、社長は、命に別状無さそうだし、それを知った容子さんも、少し落ち着いて来たという話。
容子さんと携帯で話す。
「驚いたでしょうね。」
「うん・・、心配を掛けてごめんね。」
作品名:それから(それからの続きの・・・の続き) 作家名:荏田みつぎ