冰(こおり)のエアポート
「すみません。鈴木さんにこんな面倒を掛けてしまって」
博之は本当に申し訳ないと思っていた。
「いいえ。これも何かの縁ですから」
寿美代はそこが日本だったら、ここまではしない筈だった。やはり旅慣れていない寿美代自身が、外国という環境で助け合わなければと、無意識に思っていたからだった。それにこうしていると、元彼に対する不満が溶かされていくような気がしていた。
「私、明日から出勤しないといけないのに、どうしようかな」
「電話しますか? スマホなら掛けられるでしょ」
「ホテルに着いてから、Wi-Fiで掛けますけど、木田さんは明日お仕事じゃないんですか?」
「帰国の翌日はいつも休みを取ってるんで、明日は出勤しなくても大丈夫です」
「お仕事は何されてるんですか?」
「デザイナーです。工業製品とか建物とかの外観とか、たまに本の挿絵とか」
「へえ。素敵ですね。それで世界中でお仕事があるんですか?」
「仕事があるからじゃなくて、外国語が得意だったので海外出張に同行することが多くて、元々、絵を描くのも好きだったので、ちょっと修正するぐらいだったら、代わりにやらせてもらってるうちに、気付いたらデザイナーになってました」
「キャリアを積まれたんですね。私なんかただのジュエリーショップの店員です」
「ああ。それでそんなにセレブっぽいんだ」
「見せかけだけですよ」
「そんなことないですよ、見た目が肝心。いい出会いもありそうじゃないですか。あ、彼氏いるんだっけ」
「一応デパートに入ってるお店なんですけど、本当にセレブの人との出会いってないんですよ。来るのはおばあちゃんばっかり、たまに来る若い男性はみんな、婚約指輪を買いに来るだけですもの」
「なるほどね」
作品名:冰(こおり)のエアポート 作家名:亨利(ヘンリー)