冰(こおり)のエアポート
12:00 プロローグ
寿美代は、別れの熱いキスをした。
空港まで送ってくれた彼は、出発ロビー前のアプローチに停車した車内で、人目をはばかることもなく寿美代を抱き寄せている。彼が会社から借りているこの車は、寿美代のオシャレな服が汚れやしないかと心配するほど、みすぼらしい商用バンだった。
「ちょっとお。長いよ」
と言って、唇を離した。
男はニヤついて、
「また来いよな」
と言ったが、寿美代は会いに来たことを後悔していた。
彼女が車を降りて、スーツケースを後部ドアから降ろす間、男は手伝いもせずに運転席でタバコに火を点けていた。寿美代が車内での喫煙を嫌うので、やっととの思いだったのだろう。それとも、外はかなり寒いので、出るのが嫌だったのか。
寿美代のスーツケースには、久しぶりに会いに来た彼のために、あらゆる乙女チックな想像で、無駄なものをたっぷり詰め込んで来ていたので、すんなりとは降ろせなかった。
それを引いてロビーに向かう前に、車内の彼に笑いかけながら手を振ったが、その男は煙をふかしながら、軽く頷いただけだった。
「最悪、最悪、最悪」
それからは振り向かないようにして歩き出したので、寿美代はいつまで彼が見送っていたかは分からない。
ここは中国北方の国際貿易都市、大連。気温は氷点下。今は泥交じりの氷の世界だった。
作品名:冰(こおり)のエアポート 作家名:亨利(ヘンリー)