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茜(あかね)

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帰国子女である茜(あかね)は綺麗だった。綺麗というのはつまり見た目がということなのだが、見た目といっても、それは彼女の顔だけでなく、例えばあのメントールのようなさっぱりした制服姿だとか、つっけんどんに挨拶をして、歩いている私を自転車で走り抜ける様は真夏の水浴びの水しぶきにも似たすがすがしいものだった。
                                        
 私は高知県の高知市で国語の教師をしている。生まれは東京の三鷹だが大学が高知大学で、高知で四年間、学生生活を送り、そのまま高知の高校に教師として配属された。      
まだ独身だ。
東京生まれなのでしばらくは標準語を使っていたが、もう三十にもなる私は高知にまる十二年も住んでいるので、時々生徒に高知弁、つまり土佐弁で話をする。もちろん国語の時間は標準語の方が都合がいいが、例えば放課後に生徒とたわいもない話をするときなど土佐弁で、授業中でも生徒に怒ったりするときも土佐弁で怒鳴ったりする。
 東京に帰ったときや、東京の友人と電話でやりとりをするときは標準語と、言葉を使い分けている。
 そんな標準語だとか、土佐弁だとかのつまらない話を何故するかっていうと、私は高校一年生を任される四月、正確に言えば、三月の辺りから、校長に相談されていたのだ。
「糸賀君。確か君は生まれは東京だったね」
「はい、そうですが、それが何か?」
「今度入ってくる一年生も面接のとき、標準語を話していたからね。まあ帰国子女なんだが五歳のとき、ニューヨークに行ってつい最近日本に帰国したそうだ」
「五歳までは東京に住んでいたらしい。誰か適当な人を探したんだが海外経験のある教師とか……適当な人が見当たらないんで頭に浮かんだのが君だ。糸賀君、君が彼女の面倒をみるのに一番近い気がして」
「校長、私は海外経験も旅行を除けば全くありませんし、標準語というのは大して関係のないことのように思われますが……」
「まあそうなんだが、彼女は五歳でニューヨークに行ってから現地の学校に通っていてね。英語で生活していたそうなんだ。日本語の学校には週に一回くらい行っていたかな。お姉さんはニューヨーク日本人学校に通っていたらしいんだがね。小さな妹もいたって言ったな。ただ面接のとき彼女日本語の能力が要件を満たしていなくてね。まあ不正ではないんだが裏口入学みたいな形になっちゃって。もちろん、献金など一切もらってないよ。どうしてもって彼女のお母様から頭を下げられて。まあ日本に住んでいれば日本語もじき身に付くと思うよ。君は標準語を話すし、なんせ国語の教師だ。彼女が日本に上手くなじめるよう面倒をみてもらえないかな。いろいろな意味で」
「ええ、まあ、私でよければ」
 そうして四月になり高校一年生が入学と同時に皆教室に入り、一人一人自己紹介をした。
「河辺勇人です。中学の時は野球部に入いっちょりました。ここの高校は野球部でも髪を伸ばしていいっていうのを聞いて、まあそれだけっちゅう訳ではないが、野球部を希望しとります。宜しくお願いします」
「浜部雪菜です。私は演劇部に入ってたんで、高校も演劇を続けたいと思うちょります。一生懸命頑張りますき、宜しくお願いいたします」
 そして藤原茜の番がやってきた。私は特に気にかけず彼女を見ていた。
「I came from new york.I came back to    JAPAN recently. I don‘t expect.that its           
the ugly truth.But……」
「藤原さん。日本語だよ。日本語で紹介しなくちゃ」
「I see.」
「ニューヨークからきました。宜しくお願いします」

そうして皆の自己紹介を終えた。私は少しばかりの不安を抱えながら、数日が経った。廊下を歩いていると、男子生徒達の声が聴こえる。
「あの、藤原茜っちゅう奴、なまいきやき。アメリカに住んじょったのは本当だろうが、ここは日本じゃき。日本のしきたりに合わせるべきやとね」
「そうや。そうや。あいつ俺達のこと見下してるがー。いつか必ずばちが当たるぜよ」
 私は、生徒達の前に出て、
「まあそんなこと言うなよ。彼女も少しずつなじんでくると思うき、お前ら友達になってくれよ」そう言ったが、生徒達は、
「先生は八方美人やきね」
 そう言って離れていった。
 藤原茜の部活動に対する姿勢も皆の反感を食らった。まず、藤原茜はテニス部に入部し、二週間したら辞め、次にバスケ部を二週間、水泳部を一週間、いろいろな部に入っては辞めていった。そのことに関して私は藤原茜を職員室に呼び出して言った。
「おい。藤原。みんなが何でお前の悪口を言うか分かるか?」
「分からない。もし私に悪いところがあるなら言って。直します」
「だからそういう態度が……まあいい。部活動のことだがどれも短期で辞めているじゃないか。もっと辛抱というか、続ける力を……」
「私は自分に合った部活動を見つければ、そこでずっとやっていきます。今は試しにいろいろな部活動を体験しているのです。練習は自分でも続けられるかやりがいがあるか……」
「とにかく……」
「とにかくって何ですか?私の言っていたこと聴いてましたか?名前はファーストネームで呼んでください。茜と」
「話は聴いていたよ。あ、茜が皆と上手くやっていければそれでいいんだ。まあ、みんなと上手くやっていってくれよ。それだけだ」
 それからというものの私の悩みの種は茜のことになった。校長にも許可をもらって茜の母を呼んで三者面談を行った。母親は茜の普段の姿とは想像がつきがたい、品のある感じの、綺麗な人だった。父親は東京にいるらしい。
「すいません。うちの茜が迷惑をおかけしてます」
「まあ部活動のことですが、彼女にも彼女なりの考えがあるようですし、彼女に合った部活動が見つかれば、幸いなんですが……」
「本当屁理屈ばかり言う子で……先生いいですか?先生と私と二人で話をしたいのですが」
「ええ、まあ、茜さんがいいのなら」
「茜、外に出てなさい。先に帰っていいから」
 茜が出ていったあとも、茜の母親は彼女がいないのを確認してから私に話しかけた。先程より顔が険しくなっている。
「本当にすみません。あの子は私達でも手におえなくて。あの子はニューヨークに行ったタイミングが悪かったのです。うちは三人姉妹なのですが、一番上の子は小学校五年のときニューヨークに行きました。もちろん日本語しか話せないのでニューヨークの日本人学校に行かせました。そこで、皆と仲良く、つまりうまく適応し、英語もそれなりに自分のペースで学んでいきました。一番下の子はニューヨークに行ったとき、まだ一歳と半年でした。現地の幼稚園に行きましたが、赤ん坊だったので英語もすぐ話せるようになりました。日本語はおぼつかないのですが、英語は完璧で帰国後もインターナショナル・プリスクールの入学試験に受かり、今年で中学一年生になります。あの子も、上の子も帰国後それなりに、上手く適応しています」
作品名:茜(あかね) 作家名:松橋健一