それから
それから(5) スナックと土建屋
これまでに、何人かの人は、異口同音に、俺の事を破滅型人間だと言った。
「どうして・・」
そう思うのかと、俺は、言われる都度、訊いたけれど、『・・だ。』と断言しておきながら、誰もが、その理由をはっきりと言う事が出来なかった。
まあ、言われてみれば、そうなのかも知れない。
何故なのかは、分からない。だが、そう言いながらも、過去を顧(かえり)みると、俺自身が、破滅型である事を一番よく知っているのだろうな。
フィリピンに居た頃、貰ったばかりの同僚の給料を奪った犯人を追いかけて数人と乱闘になった。俺は、当時、暴れ始めると手が付けられなくなると、仲間内では有名だった。なにしろ、止めに入った者は、仲間だろうと誰だろうと、見境なく敵と見做して攻撃する。
その何時もの勢いで行くものだから、強奪犯は、堪らず刃物を取り出して、俺を傷付けた。俺は、傷付けられた部分に入り込んでいる刃物が、それ以上、体内で動かない様に、相手の手をしっかりと握り、同時に給料袋を持っている別の奴のズボンを掴む。
事の異常さに気付いた仲間達が、どっと寄って来て相手を取り押さえる。その時、刃物は、相手の手から離れ、俺の腹部に刺さったままだったが、俺は、構わず仲間達に取り押さえられた奴に向かう。そして、仲間をも含め、委細構わず殴る、蹴る・・ だったそうだ。
自分でやっておきながら、無責任な様だけど、その時の事を、はっきりと覚えていない。
「お前、死ぬ気だったのか?」
と、病院で意識を戻した俺に、仲間達は、信じられないと口々に話した。
また別の日に、飲み屋に勤める同僚の元亭主が、彼女のなけなしの金をせびりに来た。
何時もは、嫌がりながらも幾ばくかの金を渡していた彼女であったが、子どもの入学に備え、その日は、どうしても渡せないと拒んだ。
激昂した元亭主は、彼女の髪の毛を鷲掴みにして、裏通りに引き出して暴力に及ぶ。
俺は、倒れ込んだ彼女を庇う様に、彼女の上に身を置いて、元亭主の暴行を受けた。その時は、彼女の元亭主だからと、俺は、刃向かう事無く相手の暴行に耐えた。
だが、騒ぎを聞きつけた数人の警官に、彼が取り押さえられた後、急にむかっ腹が立って、自分を押さえられなくなり、俺は、警官から元亭主を奪い取って、二~三発殴りつけた。
警官は、慌てて俺と彼を引き離す。二人の警官に両腕を取られて立ち去る奴。俺は、更にその後を追いかけようとする。その俺を、後ろから抱き付いて制止する警官。
その警官をズルズルと引き摺りながら、尚も奴に追い付き再び警官から奪い取った。そして、
「ぶっ殺してやる!」
と叫びながら、奴を抱え上げて地面に敲き付けた。
更に、奴を引き起こそうと、胸倉を掴んだところで、警官の警棒で頭をしたたか撃たれ、意識が飛んだ。
この時も、気付けば病院のベッドの上だった。
まあ、この手の話をすれば、主な騒動だけでも1日では終わらない。
やはり、俺は、破滅型。
そして、それを一番よく知っているのは、俺の筈なんだ。
長々と書いたが、その破滅型という言葉を、姐さんも使った。
「あんた、人が選ぶ反対の方向にばっかり行っとったんじゃね。しかも、後先を考えん・・。破滅型人間の典型じゃわ。その破滅型で、今度行く会社も決めたんじゃね。・・アホ・・・」
「はあ・・、まあ、そうかも知れません。でも、俺、世の中、おかしいと思ったんです。」
「・・? 何の話ね?」
「あの正直そうな社長や人の良さそうな事務員さん達が、一生懸命働いても、それでも困る様な世の中は、何処か狂ってると・・」
「あんた、勤める前に、どうして其処の人が、ええ人じゃと分かるんね? あんたの勘違いかも知れんじゃろ?」
「それは、そうですが・・、俺には、分かるんです。」
「・・・まあ、そうならええわ。」
と、店を閉めて、後片付けをしながら時々話した。
姐さんの店で、俺は、何をすれば好いのかと、些か心配していた。
大体にして、スナックなどの飲み屋に来る客は、其処で働く女性達と冗談を言い合い、あわよくば、好みの女性と個人的な付き合いでも出来ればと、手が届きそうで届かない夢を描いている。
尤も、真面目に悩みなどの相談をしたり、色恋抜きで来る客も多い事は、言うまでもない。
そんな場所で、俺は、何をすれば好いのだろう。
まさか、男が趣味の男を相手に、
「いらっしゃ~い、今度入ったさんばんで~す。」
などと、言えないよな・・
だが、そんな俺の心配は、すぐに吹っ飛んだ。
さっぱりとした姐さんの性格からか、この店には、意外に大勢の女性客が来る。
「あらっ? ママ、今度は、男の子も入れたん?」
とか、
「この人誰・・? ママの好い人?」
などと、客の方から、俺が話しやすくなる雰囲気を作ってくれる。
そして、日を追うごとに親しくなり、手前味噌だけど、俺は、結構な人気者になった。
さて、そうこうしているうちに、俺は、新しい会社に勤め始める。
姐さんのアドバイスで、俺は、その時、既に小型車両系建設機械の免許を取っていた。
なにしろ、1日の講習&試験で取れる資格だから・・
その事を聞いて、社長は、とても喜んでくれた。
「いや・・、資格といっても取り立てで、運転などとてもみなさんには見せられませんよ。」
と言うと、
「そうかも知れんけど、その姿勢が嬉しいんじゃ。」
と。
会社の従業員は、殆どが50歳を過ぎていると思われた。
総勢4人。俺が、5人目だ。
だから、前の会社と同じ様に、重い物とかの運搬は、すべて俺の仕事。だけど、前の会社とは、雰囲気が違う。
みんなが、俺を歓迎してくれて、率先して重労働を引き受ける事に、温かい言葉を掛けてくれる。それも、おざなりではなくて、心からの言葉だと分かる。
(今度は、続きそうだな・・。しっかり働いて、早く仕事を覚えよう。)
勤め始めて3ヶ月が過ぎた頃、現場から事務所に帰ると、1台の車が停まっていた。初めて見る車だ。
だが、他の従業員には、珍しくない見慣れたものであったらしい。
「また来とるで・・」
「ほんまに・・社長も大変じゃ・・」
と、小声で話す古株の従業員。
そして、彼等は、それぞれの帰路に就いた。
俺は、何時もの様に後片付けをして、何時もの様に長靴を運動靴に履き替えようと、事務所の隣に在る休憩室に・・
すると、間を仕切ってある薄い壁越しに、罵声が聞こえて来た。
どうやら、社長、如何わしい処から、資金繰りの金を借りている様だ。この手の罵声は、フィリピンでも何度か聞いているので、すぐに分かる。
俺は、履物を替えた後、事務所に入った。
罵声は、はっきりと聞える。
社長の娘さん(事務員)が、バツ悪そうに俺をチラッと見て、顔を伏せる。
「明日が、給料日じゃろうが! 給料日の前の日に、金が無いいうのは、どういう事じゃ!」
「・・・」
「黙っとらんで、何か言わんかい!」
「・・・」
俺は、社長室のドアをノックした。そして、中に入り、
「あのう・・、お話し中すみませんが・・ ちょっと話があるのですが・・」
「・・? 何なら、お前? 今、わしが、先に話をしとろうが。黙って話が終わるまで待っとらんか!」