ゆで卵
澄ましたボクの唇に 殻を剥いた柔らかなゆで卵をくっつけてきた。
(なんだ?)
「ちゅーっ」
「ちゅーっ?」
ボクは、ゆで卵から唇を逸らせて言い返した。
「ね、ちゅーってしたくなるでしょ?」
「……ならない」
「そっかなぁ」
キミは、自分の唇に当てた。間接キッス。
「似てるもん、柔らかいとこ」
キミが、またボクの唇のほうに差しだした。
「似てない。もっと柔らかいよ」
ボクは、立膝になって唇を重ねた。急に照れくさくなって、キミの手にあるゆで卵を齧った。中からとろりとした半熟の黄身が現れた。ボクの唇にはきっと黄身がついているだろうな。キミも その半分のゆで卵を食べた。キミの唇にも黄身がついた。
「ついてるよ」
「にゃん」キミの舌がぺろりと舐めた。
ボクは、ゆで卵がこんなにもドラマチックな演出をしてくれるなんて思わなかった。
白くて(ん?)ボクの唇に似た柔らかさで とろりとした黄身が キミとのまったりとしたキスの味なのかはよくわからないけれど、キミが気に入ってくれたゆで卵。
――ボクともう一度キスしていただけませんか?
そんなことは、訊けなかったけれど、ボクはまたキミにキスをした。
ボクの想いの中では、いろんな顔をみせてくれるキミは、卵の料理ようだ。
卵のその形をそのままとどめたゆで卵の中も いつも違っているんだね。
ボクも自ら成長させなくっちゃいけないな。
キミのお気に入りはボクが作ったゆで卵。
ただそれだけなのに……。
― 了 ―