ゆで卵
ボクが、回想していたのはどれくらいだろう。
気付けば、キミの視線が またボクを捉えている。
「どうした?」
「あなたのゆで卵が食べたい」
ボクは、一瞬、どきっとした。いや、まさかキミが……。これ以上の想像をするのはやめようとは思うけれど キミだって年頃だ。もしかして……と ボクの下品な思考が脳裏をかすめた。
いや、ボクがどきっとしたのは、思い浮かべていたことが 筒抜けにキミにわかってしまったみたいだ。
テレパシー? そんな上等なことが ボクにできるはずなどなかったが、嬉しかった。
それに キミが、ボクのことを『あなた』と言ったのは? そう、キミのお父さんが交際を認めてくれる条件を ボクに伝えに来たときも そう言った。
キミにとって 大切なことなんだ、とボクは思った。
「いいよ」
ボクは、席を立つと狭いキッチンへと行き、冷蔵庫から卵を取り出した。
キミに何度も作ったゆで卵だけど、今日は特別に美味しく仕上げたい。
できあがるのを素知らぬ顔して待っている横顔が可愛い。
「どうして、ゆで卵なの?」
「ん。ないしょ」
普通の会話なのに 最近ちょっぴり大人びた仕草のキミに ボクはドキドキする。
何度、ボクはキミに恋しているんだろう? (あ、これはナイショ)
「はい、できたよ。殻は キミが剥く?」
ボクは、キミの待っている卓袱台に運び、前に座った。
笑顔のキミは、まだほんのりを温かい卵を取ると、こつんと卓袱台の天板に当てた。
ひび割れた殻を見て 満足げな顔。なんて幸せそうなんだ。
キミの指先が、殻の裂け目から剥き始める。
その指先を見ているボクは、何か不思議な事を見ているような気さえしてくる。
(たかがゆで卵だぞ!)
ボクは、気持ちを引き戻した。
「はい。あーん、じゃないからね」
しまった。もう少しでいつもの魔法にかかるところだった。