愚者
朝、7時。太一はいつものようにトーストを食べていた。ブルーベリージャムをつけて食べるのが太一のお気に入りだ。
しかし別段それの感情を表に出すことはなかった。それは太一が高校生であるがゆえの反応というより理由はもっと別なところにあった。
太一が小学三年のある日。それはちょうど理科で虫眼鏡を使った実験をしていた時だった。
黒い紙目掛けて虫眼鏡に太陽の光を通した。無心で虫眼鏡を調整しては、紙に映った光を眺めていた。
しばらくして太一は、周りの雰囲気に違和感を感じた。何だか映画でこの世界を眺めているような感覚である。
「俺は何をしているんだ…俺は…誰だ…」
幼いながらも自分と世界との関係を考えるようになった。
世界に対して積極的に参加できない苛立ちから、自分を取り巻く出来事に対して心を動かすことができなくなった。
自分はナニモノカ
自分はドコニイル
太一は探し続けて早数年。周りからは『愚者』とよばれながらも、自分探しを続けている。そんな憐れな物語である。
トーストを食べた太一は、いつものように学校へ向かった。
彼の通う学校は県立富岡高校といい、地元の名前を冠するローカルな高校にありがちなところであった。
そこの主な学科は普通科で、大学進学を目的とする県内では有名な進学校である。
太一の成績は中の上。特筆すべき特徴はなく、往々にして現代国語が人よりも良いという程度だった。
太一は特に良い成績の望むわけではなく、かといって、他にやりたいことがあるわけでもなく、ただ惰性に生活しているだけに過ぎなかった。
それ故、周りからも
「覇気がない」
「ちょっと暗いよね」
と言われていた。しかし、彼のルックスは並以上あり、場合によっては何事にも熱くならない性格はクールだと思われることもあり、あっさりとした性格は、根強いファンを獲得するに至った。
しかしながら当然、その現状に喜ぶこともなく、平常心でもって生活する様はまた好感度を上げる要因となった。
今日は、部活がある日だった。朝課外が始まる前に部室による決まりになっている。
彼特有の「何となく」入った部活は「イベント研究部」であり、富岡高校きっての変わり者が集まる部活と有名である。
太一は、部室の前に立ち、いつものように無表情でドアを開ける。
するとこれも毎度の事ながらけたたましい声が響き渡る
「太一!また遅刻か!早く来いっていっているだろ?!」
イベント研究部の書記「泰蔵」である。
彼は、太一の無頓着ぶりが妙に妙に気にいり、何かと声を掛ける。
本人は情熱家の自分と、クールな太一とは正反対でいいコンビだと勝手に言っている。
太一は、暑苦しい泰蔵のことが嫌いだが、その気持ちを正直に伝えて波風が立つことが面倒だと感じ閉口している。
そんな思惑を知らずに脳天気な泰蔵は今日もまた太一にまとわりつく。
「例の件はどうなった?」
泰蔵は意味ありげに問いかける。
「まあな。」
「まあなじゃないだろ。俺の一生がかかっているんだ」
「一生だなんて大げさな。」
「大げさなものか。やっと・・・やっとだぞ!」
「何が?」
「何が・・・・・って・・・・・好きな人が・・・」
「好きな人が?」
「・・・・初めてできたんだから・・・って言わせるな!」
実は、太一に恋愛の仲介を頼んでいたのである。
「お前って・・・」
「何だよ!」
「見かけ通り馬鹿だよな?」
この言葉が太一の口癖であり、泰蔵はこの言葉を太一の愛情表現だと勘違いしている。
「馬鹿って何だよ。ただ単に一生懸命なだけだぞ!」
「それで格好つけているつもりか?」
「お前・・相変わらずきついな・・」
「生まれ持ってのものだから、今更言われてもしょうがない」
「・・・・まあいい。それより、あれだよ。」
「はっきり言えよ。」
「はっきり言わせるな!」
こうやっていつも朝課外前の時間が過ぎていく。
イベント研究部は、それなりに活動はしているが他の文化部や運動部と違って大会などの対外的な活動がないため、比較的緩やかなのが特徴である。
そのため、部員の個人的な趣味やこだわりが色濃く表に出てきてしまう。
そういう自由さがよその部では受け入れてもらえない変人が集まる要因となる。
「じゃあそろそろ課外が始まるから行くな。」
「ちょっと待ってくれよ〜!ちゃんと言うからさ。」
「待たない。じゃあな」
太一は部室を後にした。朝は部室で泰蔵と会う。
昼間は部長の静香と会うのが日課である。
放課後は部室により、部活が始まる。
太一は、少しでも人とふれあい、いつも突拍子のないことをやってくれるイベント研究部に在籍することで、少しでもこの世界と自分をつなぎ止めようと必死だった。
しかし、いくら楽しそうなことをやっても、いくら人と話しても、世界とのギャップは一向に埋まらない。
いつも、映画館で青春映画を眺めているようだった。
スクリーンの中は青春でつまっている。
でも、自分はそれを眺めているだけ。
映画館から一歩出て現実に引き戻されたときの喪失感を味わうのが非常に怖かった。
だから、常に激動の場に身を置くことで我に返らないようにした。
そうするにはイベント研究部に在籍するのが一番だった。
泰蔵のつまらない恋愛談義に付き合うのも、一見面倒くさそうに思えて、問題を自己に向けることがなくて済むので最適だった。
その場しのぎのための部活だったが、彼の人生を大きく返ることになることに気付いたのはしばらくしてだった。
〜放課後〜
太一はいつものように部室に向かった。
しかし、朝のことを考えると、泰蔵のうっとおしい顔と言葉を目の当たりにしなくてはならない憂鬱さが襲った。
ドアの前にたった。
出迎えたのは、泰蔵ではなく、同じクラスの理香だった。
「太一君、今日は早いね」
「たまにはね」
「へー。私、太一君って部活に興味ないと思ってた」
「それ嫌味?」
「そんな意味じゃ・・・」
すると後ろから
「太一ぃ〜思いやりっつうもんが大切だぞ」
「副部長〜いつも女の子を泣かしているあんたから言われたくないですね。」
「人聞きの悪いこと言うなよ。俺の周りの女の子は、みんな自分だけを見てほしいというんだよ。でも俺は1人だろ?そんな願望なんて叶えられないんだよ。」
副部長の神田は、博愛主義者であるとしているが、同時に嫌いな言葉は「滅私奉公」である。
人に優しく、でも自分も大切にが信条であり、他人よりも自分を優先するのが彼の特徴である。
「はぁ・・副部長って結局は自己中ですよね・・」
理香は引っ込み思案に見えて、厳しい突っ込みをする。
イベント研究部唯一の突っ込み要員である。
でも、本人は微塵も自覚がない。
「それは仕方ない。だって生きていくには自分を守っていかないとね」
「まだ揃っていませんね。もっとゆっくり来ればよかったかな」
太一はため息をつきながら、現国の宿題を取り出した。
「おい。今から部活だ」
「だってまだ集まっていないでしょ?」
「おい。理香何とか言ってやれよ」
「太一君・・・その答え間違っている・・」
しかし別段それの感情を表に出すことはなかった。それは太一が高校生であるがゆえの反応というより理由はもっと別なところにあった。
太一が小学三年のある日。それはちょうど理科で虫眼鏡を使った実験をしていた時だった。
黒い紙目掛けて虫眼鏡に太陽の光を通した。無心で虫眼鏡を調整しては、紙に映った光を眺めていた。
しばらくして太一は、周りの雰囲気に違和感を感じた。何だか映画でこの世界を眺めているような感覚である。
「俺は何をしているんだ…俺は…誰だ…」
幼いながらも自分と世界との関係を考えるようになった。
世界に対して積極的に参加できない苛立ちから、自分を取り巻く出来事に対して心を動かすことができなくなった。
自分はナニモノカ
自分はドコニイル
太一は探し続けて早数年。周りからは『愚者』とよばれながらも、自分探しを続けている。そんな憐れな物語である。
トーストを食べた太一は、いつものように学校へ向かった。
彼の通う学校は県立富岡高校といい、地元の名前を冠するローカルな高校にありがちなところであった。
そこの主な学科は普通科で、大学進学を目的とする県内では有名な進学校である。
太一の成績は中の上。特筆すべき特徴はなく、往々にして現代国語が人よりも良いという程度だった。
太一は特に良い成績の望むわけではなく、かといって、他にやりたいことがあるわけでもなく、ただ惰性に生活しているだけに過ぎなかった。
それ故、周りからも
「覇気がない」
「ちょっと暗いよね」
と言われていた。しかし、彼のルックスは並以上あり、場合によっては何事にも熱くならない性格はクールだと思われることもあり、あっさりとした性格は、根強いファンを獲得するに至った。
しかしながら当然、その現状に喜ぶこともなく、平常心でもって生活する様はまた好感度を上げる要因となった。
今日は、部活がある日だった。朝課外が始まる前に部室による決まりになっている。
彼特有の「何となく」入った部活は「イベント研究部」であり、富岡高校きっての変わり者が集まる部活と有名である。
太一は、部室の前に立ち、いつものように無表情でドアを開ける。
するとこれも毎度の事ながらけたたましい声が響き渡る
「太一!また遅刻か!早く来いっていっているだろ?!」
イベント研究部の書記「泰蔵」である。
彼は、太一の無頓着ぶりが妙に妙に気にいり、何かと声を掛ける。
本人は情熱家の自分と、クールな太一とは正反対でいいコンビだと勝手に言っている。
太一は、暑苦しい泰蔵のことが嫌いだが、その気持ちを正直に伝えて波風が立つことが面倒だと感じ閉口している。
そんな思惑を知らずに脳天気な泰蔵は今日もまた太一にまとわりつく。
「例の件はどうなった?」
泰蔵は意味ありげに問いかける。
「まあな。」
「まあなじゃないだろ。俺の一生がかかっているんだ」
「一生だなんて大げさな。」
「大げさなものか。やっと・・・やっとだぞ!」
「何が?」
「何が・・・・・って・・・・・好きな人が・・・」
「好きな人が?」
「・・・・初めてできたんだから・・・って言わせるな!」
実は、太一に恋愛の仲介を頼んでいたのである。
「お前って・・・」
「何だよ!」
「見かけ通り馬鹿だよな?」
この言葉が太一の口癖であり、泰蔵はこの言葉を太一の愛情表現だと勘違いしている。
「馬鹿って何だよ。ただ単に一生懸命なだけだぞ!」
「それで格好つけているつもりか?」
「お前・・相変わらずきついな・・」
「生まれ持ってのものだから、今更言われてもしょうがない」
「・・・・まあいい。それより、あれだよ。」
「はっきり言えよ。」
「はっきり言わせるな!」
こうやっていつも朝課外前の時間が過ぎていく。
イベント研究部は、それなりに活動はしているが他の文化部や運動部と違って大会などの対外的な活動がないため、比較的緩やかなのが特徴である。
そのため、部員の個人的な趣味やこだわりが色濃く表に出てきてしまう。
そういう自由さがよその部では受け入れてもらえない変人が集まる要因となる。
「じゃあそろそろ課外が始まるから行くな。」
「ちょっと待ってくれよ〜!ちゃんと言うからさ。」
「待たない。じゃあな」
太一は部室を後にした。朝は部室で泰蔵と会う。
昼間は部長の静香と会うのが日課である。
放課後は部室により、部活が始まる。
太一は、少しでも人とふれあい、いつも突拍子のないことをやってくれるイベント研究部に在籍することで、少しでもこの世界と自分をつなぎ止めようと必死だった。
しかし、いくら楽しそうなことをやっても、いくら人と話しても、世界とのギャップは一向に埋まらない。
いつも、映画館で青春映画を眺めているようだった。
スクリーンの中は青春でつまっている。
でも、自分はそれを眺めているだけ。
映画館から一歩出て現実に引き戻されたときの喪失感を味わうのが非常に怖かった。
だから、常に激動の場に身を置くことで我に返らないようにした。
そうするにはイベント研究部に在籍するのが一番だった。
泰蔵のつまらない恋愛談義に付き合うのも、一見面倒くさそうに思えて、問題を自己に向けることがなくて済むので最適だった。
その場しのぎのための部活だったが、彼の人生を大きく返ることになることに気付いたのはしばらくしてだった。
〜放課後〜
太一はいつものように部室に向かった。
しかし、朝のことを考えると、泰蔵のうっとおしい顔と言葉を目の当たりにしなくてはならない憂鬱さが襲った。
ドアの前にたった。
出迎えたのは、泰蔵ではなく、同じクラスの理香だった。
「太一君、今日は早いね」
「たまにはね」
「へー。私、太一君って部活に興味ないと思ってた」
「それ嫌味?」
「そんな意味じゃ・・・」
すると後ろから
「太一ぃ〜思いやりっつうもんが大切だぞ」
「副部長〜いつも女の子を泣かしているあんたから言われたくないですね。」
「人聞きの悪いこと言うなよ。俺の周りの女の子は、みんな自分だけを見てほしいというんだよ。でも俺は1人だろ?そんな願望なんて叶えられないんだよ。」
副部長の神田は、博愛主義者であるとしているが、同時に嫌いな言葉は「滅私奉公」である。
人に優しく、でも自分も大切にが信条であり、他人よりも自分を優先するのが彼の特徴である。
「はぁ・・副部長って結局は自己中ですよね・・」
理香は引っ込み思案に見えて、厳しい突っ込みをする。
イベント研究部唯一の突っ込み要員である。
でも、本人は微塵も自覚がない。
「それは仕方ない。だって生きていくには自分を守っていかないとね」
「まだ揃っていませんね。もっとゆっくり来ればよかったかな」
太一はため息をつきながら、現国の宿題を取り出した。
「おい。今から部活だ」
「だってまだ集まっていないでしょ?」
「おい。理香何とか言ってやれよ」
「太一君・・・その答え間違っている・・」