そこに海はなかった
メッセージを再生してみる。
「須田くん。元気? 元気じゃないないなら、一緒に元気になろうよ」
優希――。
深夜の高速を海浜公園に近いインターで降りた辺りだった。
「どうして、電話くれたわけ?」
「お願いがあったから。それと陣中見舞い。なんて、陣中見舞いは冗談」
「ん、お願いって?」
「あの、テラスの場所に行ってみたかったの」
「あそこは、もう無いよ」
助手席の優希が、艶やかな髪をかきあげて高志をみつめる。
「知てるわ」
「えっ」
「もう無くなっているんでしょう。だけど、確かめておきたいの。あの場所から始まったから。あなたへの想いも自分の夢も。---あなたと出会えた場所だから」
高志は、はっとした。そして気づいた。
優希はちっとも変わってなんかいないんだと。慌しい日常に冷静に彼女を見つめることができなかったんだ。自分ひとりだけがどんどん突き放されていくようで、勝手に卑屈になってゆく自分が堪らなく嫌になって、一緒に夢を追い続けることを忘れていたんだ。変わってしまっていたのは優希じゃない。自分だったんだ。カッコいいとこだけを見せたくて、理想と現実のギャップを素直に受け入れなくて、頑張る意味さえ見失っていたのだと。
彼女は、自分よりも、一歩だけ社会の前を歩き出していたのかも知れないと。
大きな夢と希望を抱き、理想と現実のギャップを噛みしめながら。それでも頑張って行けるのは、色あせない憧れを持ち続けているから。その憧れのかなめになれるのが、お互いに誰であるのかを知っているのだと。そして憧れの先にあるのが、ふたりで一緒に幸せになることを。
今は、道路がタイヤを叩く音も、窓から入り込む冷たい風も感じない。すれ違うヘッドライトが優希の小指のリングを輝かせる。
かつてのその場所に、車を停め、駐車場の先端まで行ってみた。
そこには、海はなかった。潮の匂いもテトラポットに打寄せる波の音もなかった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。沈黙を破ったのは優希だった。
高志の袖口をつまんで優希は呟いた。
「ずっと、一緒に居たいな」
高志は、優希の肩を抱き寄せた。セーターに優希の温もりが伝わる。
「かっこ悪いビジネスマンだぞ、オレ。だけど商社マンになりたかった。お前、学生の時、商社マンの奥さんになるのが憧れって言てたよな」