そこに海はなかった
「オレの仕事は、お前らみたいに、完全な作り笑顔を貼り付けて、ちゃらちゃらとお茶だのお絞りだのってお高くとまって、出来る仕事じゃないんだよ!」
「須田くん、ひどい……」
気だるさが残る身体を無理にベットから起こし、優希はバスルームへ向かった。熱いシャワーを浴びながら、さっき見た夢のことを彼女は考えていた。
(今、彼はどうしているのだろう。嫌いになって別れたわけではない。それなのにどうして?)
大きな夢と希望に満ち溢れていたあの頃、ふたりでその想いはずっと、いつまでも変わらないと信じていた。変わるなんて考えもしなかった。
それなのに、どうして――、と近頃よく考えてしまう。入社して五年。後輩もできた。先輩と呼ばれるようになって、入社間もない彼女達を見ていると、当時の自分と重ねてしまう。そして当時の気持ちに奮い立たせようと自分にカツを入れる。新たな目標はあるけれど、もちろん頑張ってはいるけれど、どこか薄ら寒い感覚が頭をもたげてならないのだ。
決して毎日が新鮮でなくなったのではない。夢にみた仕事に就くこともできたし、念願だった正社員にも途用された。それなりの評価も得ている。次の目標もちゃんとあるし、手抜きなんてしていない。
だけど---。と、考えてしまう。考えた末に辿り着く答えは、いつも同じだ。
---少し、疲れているのだ、と。と、同時に、彼のこと。
もしも、と。
もしも、彼と出会わなかったら、今の自分はあっただろうか。大きな夢と希望に向かって頑張れただろうか。人一倍、控え目な性格の優希が、こんなにも競争の熾烈な世界の扉を開くことが出来たのは、もちろん彼女の努力と苦労の繰り返しの結果ではあるけれど、あんなにも頑張って、頑張り続けられたのは、彼の励ましと支え、そしてどんな時も一緒だったからかも知れない。そして同じ想いを抱いていたから。
須田くんは、どうして商社マンになりたかったのだろう。そしてわたしは、どうして、この仕事を選んだのだろうか。
<優希がキャビンアテンダント。で、オレが国際ビジネスマン。トレンドドラマじゃん>