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宵々山の情事

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女はのめり込んでくる。いい女やな、とつぶやいた。
「あいつ、がか」
「いきなり来てね、突っ込んでいくの」
「男が来るんやろ、男が」
「男が来ます」
男が、と言わせて、もうこれは娼婦の世界やと、このセックスを合理化した。もう何も遠慮することはない、セックスが好きなのだ、この女は。射精中枢が刺激される。
「気持ちいいか」
と女にたしかめる。
「気持ちいいです」
と女は答える。
「気持ちよくなってください」

あの仕事ができる女が、男といつも対等であって自己主張のきっちりとした職場の表情がちらちらと、頭にちらつく。ちらつけば、射精中枢が持続する。
今、男根を挿入されて発情している女の顔を眺めながら、職場の時とをだぶらせる。いやがうえにも興奮し、止まらなくなってくる。
「こんなに濡れて、ほかの男とやったばかりなんやろ」
女を口汚く落とし込める。自虐的な状況がいちばん、似合うに違いないと決めつける。
女は、よくわからないまま、考え込む。
「そういう設定の方が面白いやろ」
男の解説に女は納得してそういう設定を受け入れた。
「さっきね、出していったの」
「そんなにやりたいのか」
「好きよ、突いて」
男は力強く、押し込んでいく。
「奥まで、かきまわして」
男の動きが激しくなる。
「動いても、摩擦感があって、いい、いい」
「気持ち、いい」
女も同調、同意する。
「熱い、熱い」
呻きながら、男へ発信する。
「さっきも性欲処理していったの、あなたもしてね」
「公衆便所やな」
「出していくの」
「男がね、来てね、出していくんです、汚物みたいに、出していくの」
発射すると
「ああ、熱い、あー」
女がいった様子をたしかめて、男は深い満足感を味わった。こんなに充実したセックスは久しぶりだった、余韻さえ残る。
しかし、女はもっとしたたかなのだ。男をあおり続けて、果たさせて、おしまいにする、一つのパターンではある。
「まだ、元気やね、お爺さんと思えんわ」
中に留まっている男根をほめた。
「よかったですか」
と女がたずねる、
「よかったよ」
男が答える。ぴくんぴくん、と中で跳ねさせる。
「まだ、できるのね、すごい」
女は男をほめあげる。
ゆっくりと動く、動きながら、静止する。
「ああー、あー」
女は思わず、声を上げてしまった。子宮へ至る道を収縮させて、男根を収容したまま、その動きを支える。名残惜し気に、腰を揺らせて、男根にあいさつする。
「動いてる」
「動かしたのよ」
お互いが、お互いの動きをたしかめあう。
体の力が抜けて、女はもうおとなしくなった。体を重ねることがもたらす深い満足感、互いをいくつしむ、根源的なやさしさをたしかめあっている。
「おとなしくなったね」
「ええ女やな」
「どこがいいの」
「十人分というか、10年分をまとめて味わったようやな」
「まあ、そんなの」
もう恋人の会話である。
「泊まって帰ろうかな」
「だめ」
女は強い口調で拒絶した。
「あしたね、彼が野球大会でね、朝早く来ることがあるから」
「それは残念だ」
部長は激しい嫉妬心に駆られて、男根にエネルギーが満ち満ちてくる。
「あら、あら、またしたいの」
「朝やってきて、あいつが性欲処理して、出かけると思うと、興奮してくる」
女は微笑んでいる。

「公衆便所ごっこはもうおしまい、二度としないからね」
女は部長に言い渡す。部長はきょとんとしている。つい数分前までの興奮は何だったのか、不思議な思いである。
これ以上、求めても、悪感情が芽生えてしまい、この幸福感を損なってしまうだろう、それに朝帰りはまずい、と部長は考えて、
「またの機会にしよう」
「約束、守ってね、二つ」
「わかった、守るよ」

玄関で軽くキスをして恋人気分を満たして、部長は女の部屋を出た。祭囃子も終わり音もなく、夜更けの静かな通りが、体の興奮を鎮めていく。しかし、頭の方は熱いままだった。少し、おとなしくしすぎたか、もっと大胆な行動をしておけばよかったとか、考え始めると、止まらない。止まらない一番の理由が、女の最後のセリフだった。
女の方から発せられた言葉がつぎつぎと頭に思い浮かんでくる。多少、好き嫌いはあるだろうけれど、男なら興奮せざるを得ない。女の熱く狂おしい言葉を思い起こす、オナニーのネタにできそうだ。
まるで高校生やな、とつぶやいて、苦笑いした。
「ありがとう、お世話になりました」と彼女にメールした。返事はなかった。
女は被虐的な状況設定が大好きで、燃え上がったとのではないかと分析するが、そう単純でもなさそうだ。ああいう言葉を投げかけられたら、男はまず硬くなり、いっそう力強くなる。最上のテクニックだろう、どうして身に着けたのか、女の過去が気になって仕方がない。深い嫉妬心さえ芽生えてくる。どんな男と、男たちというべきか、彼らといかに付き合ってきたのか。
不思議な女だ。決して男に従順ということわけではない、女にとって、男性そのものが自己満足を深めるための欠かせない手段であるということなんだろうか。それだから、研究し、持続できるのではないか。思案は深まる。
また会いたいと思うけど、職場の人間関係を複雑にしてしまうし、モナコの約束をどう実行するのか、難問を抱え込んでみたいだ。女と五分五分の勝負かもしれない。男は帰宅したが眠れず、女を思い出してオナニーをしてしまった。もうずいぶん、なかったことだった。あふれ出るエネルギーを見送ると、たちまち冷静さが戻ってきた。
あの女は只者ではない。振り返れば、まったくもって彼女のペースだった。完敗だ。もう一度、手あせてしてほしくなるが、その感情がただ女を抑え込みたいという欲望なのかどうか、よくわからない。こういう混乱はまるで高校生のようだ。
うっかり、手を出せば、大けがをしそうだ。警戒心もあるがその危なさに触れてみたいと思う。男は女の分析、総合にあれやこれやと頭を十分刺激されて、初恋時代のごとくの、うぶな思いに迷い込んでしまった。手を出せず、眺めるしかないのだ。
男は女に対してこういう錯綜した感情を抱くのは、ずいぶん久しぶりのことだった。若返った心地がした。まことに一年一度の祭りの夜にふさわしい話題であろうか。

作品名:宵々山の情事 作家名:広小路博