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宵々山の情事

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宵々山の情事

「いやです」「もうやめてください」
女は冷静であった。男を拒絶し続ける自信があった。こういう状況をうまくすり抜けることができる知恵が十分身についている。頭を総動員して、抗うと、体もそれに従う。
その気がないことを、冷たく言い放つと、男の勘違いが解けて、男もさめてくるのだった。さめさえすれば、男というものは大人しくなる。言葉を冷静にかけ続ければ、ふつうの人間関係に戻る。
「こんなことしていいわけないでしょ」
 女は優位を回復すると、男に駄目おしする。ここが肝心だ。
「いいか悪いかは、俺が決裁する」
女は心の中で笑った。海外事業部長は50歳代半ば、役員ポストを目前にしている、自信に満ちあふれた言葉だった。
「何言ってんですか、部下のマンションで、いいわけないでしょ」
男を脅かした。もう男は屈服するはずだった。
ところが、
「俺にもさせてくれ、あいつにしてることを」
恋人の名前が出て来る。
え、えと、言葉を胸の中で反芻する。

入社したころは、新入社員とその他の二分類だったが、今や、後輩、同期、先輩そして上司、部下と人間関係が複雑になり、ほとんどストレス状態である。帰国子女として語学力を買われ、ある程度のポストを得るところまできたが、次へのステップがむつかしい。とりわけ、独身女性には求められることが多くて得るものは少ない。

祇園祭のハイライト、巡行の宵々山が週末の金曜日だった。今年はサンデー巡行となり、週末にかけて賑わしい。女は海外事業部長に誘われて、祭りの雰囲気を味わうことにした。
「動かない山や鉾って、つまらないですね」
「あれ、それは違うなあ、動くところを想像してみたら、迫力があるんやね、高くて大きい」
「四条通りの鉾が一番、人気があるでしょ」
「そうではなくて、新町通りのようなところを動くのがもともとの姿らしいよ」
「そうなんですか、勉強不足でした」
「昔は、庶民は二階建ての家を建てることができなかったから、一年に一度、高いところに上がるんやね」
「なんとなく、わかります」
「新町通を戻ってくるところを一度、見てみたら」
「何が違うんですか」
「みんな疲れ切ってるんだけど、声を掛け合って、少しずつ動かすんやね、新町通はゆるい坂やから少しずつがむつかしい、感動するなあ」
「部長、ヒューマンですね、好きです」
女は部長の名解説にほれ込んだ。知識欲を満たす相手には惚れやすくなる。話題を作ろうと、女は、通りがかった女性を指さして
「あのこ、誘ってほしそうですよ」
「なんでや」
「目がね、濡れてるというか、視線が絡みついてくるようですよ」
「君は、男みたいなこと、考えるのやな」
女はこの男の褒め言葉が気に入った。そういうところがあると思うからだ。肩触れ合う人の流れの中で人の品評を繰りかえしながら、町中の飾りつけを楽しんだ。
「君のマンション、近くなんでしょ」
「そう、住むところにお金を惜しみません」
「面白いことを言う、変わってる」
「変わってますか、場所がよくて広くて、広いお風呂が気に入っています」
「家賃、高いんでしょ」
「惜しくはないです」
女は自分の一番の自慢を誇らしげに話しながら、この男はいいと思うのだった。女の住居費は他の社員に比べたら、高かった。恋人は会社に近いが郊外のワンルームマンションに住んでいる。その家賃とは倍ぐらい違う。四条烏丸のもよりのワンルームは、とにかく便利なところにあるので、友だちがよく遊びに来たのだった。月給は手取り40万ほどだから、家賃と管理費で10万はちょっと辛いが、1LDKで広く、お風呂もゆったりしていて、8階ながら眺望もあり、女の贅沢なのだ。
日本酒と料理のおいしい店で二時間以上も過ごした後、女は自慢のマンションに招き入れた。

「ひもパンやろ、毛も剃ってるのやろ、男が好きでたまらないんやろ」
部長は畳みかけるように、女を抑え込んでくる。連射されて、たじろぐ。なんとか体勢を立て直そうとするが、いつものように反撃ができない。
恋人が、何もかもしゃべっていることは間違いない。あいつは、と裏切られた思いが募ってくる。恋人は、自分との付き合いを、セフレのごとく思っている、真面目な付き合いではないのだ。前から不信感を抱いていたが、そんなやつ、と目がさめる。
そう思うと気が抜けてくる。突っ張っていた自分を説明できなくなる。女が抵抗をやめると、男はシャツをはだけ、いきなり胸をもみ始める。ブラジャーはハーフカップ、生地が柔軟で芯もなくて、乳房とともにもむことができる。
「いいね、たしかに柔らかいわ、もみほだすのがいい、と言ってたよ」
部長の論評がとりあえず細かい。そういう丁寧さは変わらない。
「子供を産んでないと、きれいやな、画像の通りや」
あきれてしまう、恋人は秘密の画像を部長に見せて喜んでいるのだ。丸裸にされた気分である。
抵抗がやむのをたしかめるように、部長が乳首をつまむと
「ああ、あ」
女は声を上げてしまった。がまんしていたせいの反動のようにため息をついてしまった。しかし、部長はあせることなく、初めての女との順番を遵守している。まず乳首をじっくり責めてくる。それは納得できるプロセスだ。ていねいな方が体の燃焼に時間をかけられるので、こういうタイプは好みだ。もう体が抵抗できない。
「気持ちいいのか」
「うう、うう」
女は唸った。唸って言葉にはしなかった。頭も従順になってくる。頭が男を受け入れるよう体に指令する。
「すなおになれよ」
部長は、30歳代も半ばながら、自分の娘のような女体を楽しもうとしている。右の乳首をきりきりと回すようにして転がす。まるで責め抜いているかのようだ。左の乳首には唇をそっと触れるようにして、大きさを味わっている。心臓に近い方は感応が早い。
テクニシャンではある。その愛撫に身を任せた。ペッテイングまでなら、またそこまでで終わるに違いないと予想した。ルールがあるのだからと言い聞かせればよいと、安心していた。
女の反応が素直になると、部長は右手をお尻に回してきて、肉感をたしかめる。
「君のハイヒール、気に入っているよ、評判がいい」
「ありがとうございます」
「お尻が小さいのがいいね」
「そう」
「いつも、ひもパンやろ」
「わかるのね、いつもじゃないけど」
「わかると思うよ」
「今日もそうなの」
「興奮するなあ」
ほめられて、うれしくなる。前に手を入れて、花芯を撫でまわしたいはずだが、男は下手に年を取ってない。お尻を丹念に撫でる。やさしい手だ。部長への好感が生じてくる。

ハイヒールを上手に履けるようになって、強烈な自信が生まれてきた。これはすごいと自分自身で思ったけれど、この努力はそう簡単にわかってもらえることではない。
部長は撫でまわしながら
「引き締まってるね」
「誰と比較しているのですか」
女は冷静な言葉を投げかける。どういう変化があるのか、男をなじってみた。
「もうおしまい」
と言いながら、体を離そうとした。
「それはないやろ、もうちょっとサービスしてくれよ」
男は、ズボンを脱いで、男根を取り出した。冷静に観察する、なかなかの一物である。太くて硬そうだ。
作品名:宵々山の情事 作家名:広小路博