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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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for the first

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 さっきまで、ああ言うのが唯一の方法だと信じていたのに、今はとてつもなく馬鹿なことを言ってしまった気がしてならない。だって彼はものすごく驚いていた。やっぱり変だと思われてしまったんだ。
 いや、それだけならまだいい。すごく余計なことを言ったんじゃないのか。彼にとって、私の初めてのキスが彼だったなんてことは、どうだっていいことだろうに。それどころか迷惑な話に違いない。
 なのに、わざわざ自分から明かして、その事実を押しつけるようなことをしてしまった。しかも、全然嫌じゃなかった、なんてーー事実だけど、あんな言い方じゃ、変な意味に受け取られそうだ。実は誰が相手でも気にしないような女、だとかーー
 続いて浮かんだ思いを、反射的に打ち消す。もっと時間がある場だったらはずみで口走っていたかもしれない。そしてさらに彼を混乱させただろう。
 彼だったから嫌じゃなかった、なんて言ったら、誤解させてしまう。私が彼を好きだというふうに。
 違う。いくら彼がかっこいい人であっても、毎週誰かに呼び出されたりするほどモテる人でも、私には関係ない。私にすごく気を遣ってくれる、とても優しい人であっても、好きになったりはしないーーなりたくはない。今さらすぎる。何年も、多少親しく話す時はあっても単なる知り合いだった人を、今さら本気で男子として意識するなんて、おかしい。ありえない。なのに、顔の熱さがおさまらないのがうらめしい。考えすぎて涙が出てきた。
 2階フロアの、階段を上がりきった先は教室までの間が少し広い空間になっている。ちらほら人はいたけど、皆慌てて教室へ入ろうとしていてこっちに背中を向けていたのを幸いに、階段からは陰になる壁に寄って、涙を止める努力をする。せめて泣き止んでからでないと教室に入るわけにはいかない。
 ……なんで、泣いちゃったりするの私、おかしいじゃないの。懸命に理性的に考えても、感情はまったく付いてこようとしなかった。本当に今の私はおかしい。彼に変に思われたとしても当然だ、と思った拍子にまた涙が湧いてきそうになる。だめ、もう彼のことは考えるな、今はそれどころじゃないんだから。
 目をしばたたかせながら必死に自分に言い聞かせる。理由のわからない、泣きたくなる気持ちごと、涙と一緒に散らしてしまうために。
作品名:for the first 作家名:まつやちかこ