ストーカーストーカー
『あなたに一目ぼれしました。
あなたの好意を向けてもらうために
これからストーカーいたします おしゃれストーカー』
高級な香水を振りかけられた、羊皮紙の手紙が届いた。
達筆で美しい文字と内容との不釣り合いさに顔が引きつった。
「す、ストーカー……?」
その日は単なる嫌がらせだろうと、
自分をだまし納得させて済ませた。
翌日から、おしゃれストーカーからのアプローチが始まった。
食事を取ろうと店に入ると……。
「本日、ご予約の方ですね。
奥のプレミアム・ファースト席へどうぞ」
「え!? ち、ちがいます!」
「そんなことはありません。
おしゃれストーカーなる人から言付かっております。
もちろん、お代もすでに受け取っています」
「おしゃれ……ストーカー……」
「伝言は、"食事を楽しんでください"とのことです」
彼はストーカー。
私の出入りする店なんて熟知しているぞ、アピールなのか。
なんだか怖い。
食事を終えて外に出ると、雨が降り始めていた。
「どうしよう、今日は晴れるって聞いてたのに……」
すると、目の前で急にタクシーが止まった。
「あの、あなたが○○さん?」
「え? ええ、そうですけど」
「この時間、この場所であんたを拾えって言われててね。
乗ってくかい? 代金は受け取ってるよ」
これもおしゃれストーカー。
私の行動すべて熟知しているということなのか。
「け、結構です!!」
なによ。なにがおしゃれストーカーよ。
単に私のすべてを把握して所有物にしたいってだけじゃない!
そのことを友人に話した。
「はぁ!? またストーカー!?」
「でも、昔のストーカーじゃないと思うよ。タイプ違うし。
それに、昔のストーカーには住所ばれないように引っ越したし」
「でも心配だよ。何かあったら連絡してね?」
友達は心配してくれていた。
家に帰るとまた小ぎれいでおしゃれな手紙が届いていた。
『いつかあなたに、最高に美しい朝日を見せたいです。
おしゃれストーカー』
「なにがおしゃれストーカーよ。
ただのナルシストじゃない」
手紙を破った瞬間、ちょうど足元にくず入れがあった。
『届かない思いはこちらへ』と紙が貼ってある。
この整った文字は間違いなく……。
「おしゃれ……! ハッ! いけないいけない!」
くず入れに手紙を入れて家に入った。
翌日も、翌日もおしゃれストーカーからのアプローチは続いた。
ただ、そのどれもが気味悪いぬいぐるみを送ったりではなく
スマートでスタイリッシュで、クールで、つまり……。
「おしゃれ……!」
気が付けば私は彼からのアプローチを待っていた。
「やっぱり男性って、欲しいだけの気遣いをしてくれる人だと思うの。
気遣いってやりすぎると寒いし、やらな過ぎても嫌じゃない?
そういうのわかってくれる人が理想なのぉ♪」
「誰のことを話してるの?」
「え!? え!? ちがうよ!?
あくまでも、理想の男の人の話だからね!?」
「それはいいけど、あんたストーカーはどうなったのよ」
「うん、それは……まだ……」
ストーカーさんから何をしてもらえるか楽しみにしている。
……なんてことは言えない。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ。
私から警察に連絡して、あんたの警備をお願いするようにしたわ」
「え!? そんないいよ!?」
「そうやってすぐ遠慮するんだから。
警察の人もノリノリだったし、ストーカーも退治できるでしょ?」
友達の好意を断れずにその場は終わった。
実は昔にも私は典型的なストーカー被害に遭っていて、
そのときも友人に相談した経緯もあり、
今回も友人は使命感にかられて行動しているのもあるんだろう。
家につくと、警察官が待っていた。
「あなたの警護を任された佐藤です!
不審者ひとり近づけさせません!!」
「ど、どうも……」
その日から警察官は私につきっきりで守ってくれた。
けれど、おしゃれストーカーからのアプローチは止んでしまった。
「はぁ……どうしちゃったんだろう。ストーカーさん……」
彼が送ってくれた昔の手紙を読み返す。
今ではもう消えてしまった香水ににおいを思い出して。
「……やっぱり、もう送れなくなったのかなぁ」
あれだけつきっきりで警備されたら何もできない。
……いや、待って。
「もしかして、あの警察官さんがおしゃれストーカーさん!?」
私の中で何かがつながった気がした。
警護がはじまった日と、アプローチが来なくなった日は同じ。
それはきっと監視されてできなくなったのではなく、
つきっきりで警備してるからできなくなったんだ。
「そうよ! きっとそのはず!」
今も私の部屋の外で待ってくれている。
おしゃれストーカーさん。
「あなただったのね!!」
私はドアを開けた。
警察官はちゃんとドアの前で待っていた。
「ふひ、ふひひ……。
やっと、ぼ、ぼぼ僕の好意に気付いてくれたんだねぇ……」
にちゃあ、と糸引く口が開いた。
寒気と鳥肌が立ち、ふたをしていたはずの記憶が思い出された。
「ちが……ちがう……あなた……おしゃれストーカーじゃない……」
「おしゃれストーカー? なにそれ?
それより嬉しいよ、僕の好意に気付いてくれたんだね。
急に引っ越すからすごくびっくりしたんだよ」
「あなたは……昔のストーカー……!」
「安心して。僕が君を守ってあげるから。
ずっとずっと僕の城の中で守ってあげるから」
「いやっ……離して!」
男に羽交い絞めにされてしまう。
圧倒的な男の力の前に抵抗する意思すらなくなる。
「大丈夫っ、僕の城につくまでの我慢だから!
暴れなければひどいことはしないよ!!」
パトカーのトランクに叩き込まれる。
男がトランクを閉めた瞬間、パトカーが発進した。
「ああ……もう……終わりよ……」
昔ストーカーからはカメラ内蔵のぬいぐるみや、
家に勝手に入ってバラの花束が届けられたりしていた。
おしゃれストーカーとは遠い下品で悪趣味で一方的。
明らかに違うのに、どうして私は勘違いしてしまったんだろう。
恋は盲目というけれど、後悔してももう遅い。
「はぁ……どんどん遠のいてる……」
トランク越しに感じる車の速度や移動距離。
かなり遠くまで来ていることがわかる。
「城とか言っていたから、家なんだろうな……」
ストーカーは警察官。
手錠やら拘束具には事欠かない。
これから始まる地獄の日々を想像して死にたくなる。
――キッ。
何時間走っただろうか。
車が止まった。
私は覚悟を決めて、トランクが開くと同時に脱走する準備をした。
「いま!」
トランクが開いた瞬間、体を起き上がらせて……。
「あっ……」
逃げるはずが、その意思が根こそぎ奪われた。
目に入った風景のあまりの美しさに。
「きれい……」
海岸だった。時刻は朝方。
海から赤い太陽がのぼって、幻想的な風景を映している。
こんな光景を見たことはなかった。
「約束したよね、君に最高に美しい朝日を見せるって」
あなたの好意を向けてもらうために
これからストーカーいたします おしゃれストーカー』
高級な香水を振りかけられた、羊皮紙の手紙が届いた。
達筆で美しい文字と内容との不釣り合いさに顔が引きつった。
「す、ストーカー……?」
その日は単なる嫌がらせだろうと、
自分をだまし納得させて済ませた。
翌日から、おしゃれストーカーからのアプローチが始まった。
食事を取ろうと店に入ると……。
「本日、ご予約の方ですね。
奥のプレミアム・ファースト席へどうぞ」
「え!? ち、ちがいます!」
「そんなことはありません。
おしゃれストーカーなる人から言付かっております。
もちろん、お代もすでに受け取っています」
「おしゃれ……ストーカー……」
「伝言は、"食事を楽しんでください"とのことです」
彼はストーカー。
私の出入りする店なんて熟知しているぞ、アピールなのか。
なんだか怖い。
食事を終えて外に出ると、雨が降り始めていた。
「どうしよう、今日は晴れるって聞いてたのに……」
すると、目の前で急にタクシーが止まった。
「あの、あなたが○○さん?」
「え? ええ、そうですけど」
「この時間、この場所であんたを拾えって言われててね。
乗ってくかい? 代金は受け取ってるよ」
これもおしゃれストーカー。
私の行動すべて熟知しているということなのか。
「け、結構です!!」
なによ。なにがおしゃれストーカーよ。
単に私のすべてを把握して所有物にしたいってだけじゃない!
そのことを友人に話した。
「はぁ!? またストーカー!?」
「でも、昔のストーカーじゃないと思うよ。タイプ違うし。
それに、昔のストーカーには住所ばれないように引っ越したし」
「でも心配だよ。何かあったら連絡してね?」
友達は心配してくれていた。
家に帰るとまた小ぎれいでおしゃれな手紙が届いていた。
『いつかあなたに、最高に美しい朝日を見せたいです。
おしゃれストーカー』
「なにがおしゃれストーカーよ。
ただのナルシストじゃない」
手紙を破った瞬間、ちょうど足元にくず入れがあった。
『届かない思いはこちらへ』と紙が貼ってある。
この整った文字は間違いなく……。
「おしゃれ……! ハッ! いけないいけない!」
くず入れに手紙を入れて家に入った。
翌日も、翌日もおしゃれストーカーからのアプローチは続いた。
ただ、そのどれもが気味悪いぬいぐるみを送ったりではなく
スマートでスタイリッシュで、クールで、つまり……。
「おしゃれ……!」
気が付けば私は彼からのアプローチを待っていた。
「やっぱり男性って、欲しいだけの気遣いをしてくれる人だと思うの。
気遣いってやりすぎると寒いし、やらな過ぎても嫌じゃない?
そういうのわかってくれる人が理想なのぉ♪」
「誰のことを話してるの?」
「え!? え!? ちがうよ!?
あくまでも、理想の男の人の話だからね!?」
「それはいいけど、あんたストーカーはどうなったのよ」
「うん、それは……まだ……」
ストーカーさんから何をしてもらえるか楽しみにしている。
……なんてことは言えない。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ。
私から警察に連絡して、あんたの警備をお願いするようにしたわ」
「え!? そんないいよ!?」
「そうやってすぐ遠慮するんだから。
警察の人もノリノリだったし、ストーカーも退治できるでしょ?」
友達の好意を断れずにその場は終わった。
実は昔にも私は典型的なストーカー被害に遭っていて、
そのときも友人に相談した経緯もあり、
今回も友人は使命感にかられて行動しているのもあるんだろう。
家につくと、警察官が待っていた。
「あなたの警護を任された佐藤です!
不審者ひとり近づけさせません!!」
「ど、どうも……」
その日から警察官は私につきっきりで守ってくれた。
けれど、おしゃれストーカーからのアプローチは止んでしまった。
「はぁ……どうしちゃったんだろう。ストーカーさん……」
彼が送ってくれた昔の手紙を読み返す。
今ではもう消えてしまった香水ににおいを思い出して。
「……やっぱり、もう送れなくなったのかなぁ」
あれだけつきっきりで警備されたら何もできない。
……いや、待って。
「もしかして、あの警察官さんがおしゃれストーカーさん!?」
私の中で何かがつながった気がした。
警護がはじまった日と、アプローチが来なくなった日は同じ。
それはきっと監視されてできなくなったのではなく、
つきっきりで警備してるからできなくなったんだ。
「そうよ! きっとそのはず!」
今も私の部屋の外で待ってくれている。
おしゃれストーカーさん。
「あなただったのね!!」
私はドアを開けた。
警察官はちゃんとドアの前で待っていた。
「ふひ、ふひひ……。
やっと、ぼ、ぼぼ僕の好意に気付いてくれたんだねぇ……」
にちゃあ、と糸引く口が開いた。
寒気と鳥肌が立ち、ふたをしていたはずの記憶が思い出された。
「ちが……ちがう……あなた……おしゃれストーカーじゃない……」
「おしゃれストーカー? なにそれ?
それより嬉しいよ、僕の好意に気付いてくれたんだね。
急に引っ越すからすごくびっくりしたんだよ」
「あなたは……昔のストーカー……!」
「安心して。僕が君を守ってあげるから。
ずっとずっと僕の城の中で守ってあげるから」
「いやっ……離して!」
男に羽交い絞めにされてしまう。
圧倒的な男の力の前に抵抗する意思すらなくなる。
「大丈夫っ、僕の城につくまでの我慢だから!
暴れなければひどいことはしないよ!!」
パトカーのトランクに叩き込まれる。
男がトランクを閉めた瞬間、パトカーが発進した。
「ああ……もう……終わりよ……」
昔ストーカーからはカメラ内蔵のぬいぐるみや、
家に勝手に入ってバラの花束が届けられたりしていた。
おしゃれストーカーとは遠い下品で悪趣味で一方的。
明らかに違うのに、どうして私は勘違いしてしまったんだろう。
恋は盲目というけれど、後悔してももう遅い。
「はぁ……どんどん遠のいてる……」
トランク越しに感じる車の速度や移動距離。
かなり遠くまで来ていることがわかる。
「城とか言っていたから、家なんだろうな……」
ストーカーは警察官。
手錠やら拘束具には事欠かない。
これから始まる地獄の日々を想像して死にたくなる。
――キッ。
何時間走っただろうか。
車が止まった。
私は覚悟を決めて、トランクが開くと同時に脱走する準備をした。
「いま!」
トランクが開いた瞬間、体を起き上がらせて……。
「あっ……」
逃げるはずが、その意思が根こそぎ奪われた。
目に入った風景のあまりの美しさに。
「きれい……」
海岸だった。時刻は朝方。
海から赤い太陽がのぼって、幻想的な風景を映している。
こんな光景を見たことはなかった。
「約束したよね、君に最高に美しい朝日を見せるって」
作品名:ストーカーストーカー 作家名:かなりえずき