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日常的侵蝕風景:01

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さらに、逃げ惑う人々の中から、黒っぽいフードをかぶった人物がこちらを見ているような気さえしてくる。
そして四角い画像が、またふたつ。
オレは一刻も早くこの場から逃げ出したい思いで、右側の画像を

クリック。

再び、暗い画像が映し出された。
石天井と、石の床、石の壁。
よくできたゲームのダンジョンみたいに、消えかかったたいまつの明かりが頼りなく一部分を照らしている。
暗いオレンジ色の光の中に、なにかの影がちらちらとゆれる。
「蜘蛛…」
少なくとも、オレにはそう見えた。
突然、たいまつの明かりがかき消えた。
(こそ、こそ、こそ、こそ………)
紙を踏んだまま歩くような足音。
画面は突然「振り返り」、足音の主を強制的に視認させた。
『Ei…aIh …I-hO…』
「!!」
黒いフードの人影が立っていた。
壊れたトーキングトイみたいな声で、わけのわからない言葉をつぶやいている。
もうだめだ、やばい!これはやばい!
ここに来て、オレの全身から突然冷や汗が噴き出した。
ブラウザの「ホーム」を

クリック。

見慣れた検索サイトの画面が現れ、
一瞬で消えた。

再び、悪夢のような見たことのない画像に切り替わっている。
まるでSFの「悪の帝国に滅ぼされた廃墟」みたいな光景。
重くたれ込めた雲、そこから降り続ける霧雨の音、風の音まではわかる。
だけど、どうして風が背中から吹いてくる感触がする?
きつい酸性の雨の、硫黄みたいなニオイがする?
「わああああっ!」
オレは悲鳴を上げ、再び「ホーム」を

クリック。

水に沈んだ気味の悪いほど巨大な遺跡とその中に眠る不気味なモノ

クリック。

不定形ではいずり回る虹色の生物のようなもの

クリック。

都市の裏路地のどん詰まりでどんどん近づいてくる足音

クリック。

アジアのどこか--行ったことはないが香港か上海だろう--の上空から落下しながら眺めるネオン。
『愛呵』

クリック。

『Ai------hou-----』

クリック。

クリック。

クリック。

クリッククリッククリッククリッククリッククリッククリッククリッククリッククリッククリッククリッククリック


止まらない。

戻れない。

めまぐるしく、もはや通常の知覚では認識できないほどの「場面」の洪水の中を、オレは流されていた。
果てしない不安と焦りと絶望との中、それでもオレは取り憑かれたようにPCの前を離れなかった。
いや、離れられなかった。
通常こういったブラクラに対して処するべき行動もなにもかも全て忘れ、
オレは知りたかった。
オレは逃げたかった。
オレは見たかった。
オレは
オレは

オレは

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ユゴスの黒い運河を守護する巨人…口笛を吹く頭部…トンドの森林の中を追跡してくる角を持つもの…
木々の間からじっと見つめる巨大な目…縁の向こうの深淵の中で喋る顔…シャッガイの彼方の世界の
周回軌道上の死せるもの…波止場町に隠された休業中の商店…グラーキの湖のそばの最後の黙示…
その壁がTRAKの文字を脈打たせ、その街角には白い姿が弱々しく移動する、忘れられた都市の陽光に漂白された建物…

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………どれぐらい時間が経っただろう。
画面はただ同じ単語のようなものを明滅させ、繰り返すばかりになっていた。
音声もまた、高く低く、例の壊れたオモチャのような声で、おそらくはその単語を発しているのだろう。
『aih---hot---』
ただ、オレにはその単語の意味するところはわからなかった。
…………いや、
理解はしていた。
納得が出来なかっただけだと思う。


オレはあわててヘッドホンを外し、椅子ごと振り返った。
そのまま椅子ごと後ろを向いて、思い切りPCから離れようと転がった。

「っっっっっっっ!」

悲鳴を上げそうになって、歯を食いしばる。
オレの部屋が、緑したたるジャングルと化している。
苔むしたような、あるいはカビに冒されたような色をしていたが、明らかに磨かれた石の台が目の前にあった。
誓って言うが、こんなものオレの部屋にはない。
そしてその台にくつろぐようにして、黒いローブの人物が腰掛けていた。

【迷宮に囚われしものよ、汝我が雛を受け入れるや、然らずんば我が爪にて引き裂かれるや?】

言いつつ、そいつはローブのフードをはね上げた。

蜘蛛の巣のような頭部のようなものがあった、としか言いようがなかった。

オレのボキャブラリー、いや、この世のどんな言語学者や詩人も、オレの見たモノに対して正確な表現が出来るとは思わない。
オレの知っている森羅万象の中で、何%かでも似ているモノがあるとすれば蜘蛛の巣だ、という程度に過ぎない。

そいつの、多分クチじゃねえの?と思う部分から、ナマ白いものがわぎわぎとあふれ出してくる。
蜘蛛だ。
いや、そう言ったら蜘蛛に失礼だった。
保健の教科書で見た寄生虫みたいな色、たたきつぶしたミズクラゲみたいな質感のカラダにシンのなさそうな脚、サイズはイニシャルG…ぐらいだろう。
何百何千というそいつらは、その目…複眼じゃなくて、人間そっくりの濡れた瞳をらんらんと輝かせながらこっちに迫ってくる。
オレは吐いていたと思う。
吐き戻しながら、その口に侵入してこようとするモノを防ぐのに必死だった。

(もう…もう、ダメだ…)
オレは自分の運命を半ば悟りながら、最後の力を振り絞りきろうとしていた。
その時だった。

『-------』

耳許で声がした。
はっきりした人間の声だった。

『……逃げるんだ……』

「K--------」

紛れもないKの声だった。
同時に、オレは何故Kが「自殺」したのかをハッキリと悟った。
あいつも、この蜘蛛野郎に囚われそうになったんだ。
そして、

そして。

「うあああああああああああああああっっっっああああっっっっあああああああ!!!!!」

オレは全身を震わせて叫んだ。
わぞわぞと足下から這い上がる蜘蛛のようなものを踏みつぶし、振り払い、吐き出し、ジャングルを飛び出した。
---窓。オレの部屋の窓だ。
力いっぱい肩からぶつかって、窓を破る。

ひんやりした夜風が、何分の1秒かオレを現実に戻してくれた。

17階の夜気が、現実世界の空気がオレを包み、
オレは心地よいほどの風を胸一杯に吸い込んで叫んでいた。

「ざまあみやがれ、
 E i h o r t 
 !!!!!!」

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作品名:日常的侵蝕風景:01 作家名:SAGARA