魔獣つかい【サンプル】
連枝は慌ててあたりを見回した。狼王は、どんな魔獣を自分に引き合わせてくれるのだろう。期待に破裂しそうな胸を押さえて頭上の枝から木立の隙間までせわしく視線を走らせていると、もう一度べろんと頬を舐められた。
「わあ」
思わず顔を背けたところへ、どしっと胸を押してくる。そのまま雪の上にひっくり返ると、覆いかぶさるように圧し掛かってきて、何度も何度も連枝の顔を舐めた。
「うわ、くすぐったい、よ」
長い鼻面を押し戻そうとかざしたてのひらに、少し冷たい鼻先が触れる。そのまま、撫でろと要求するようにぐいぐい頭を押し付けてくる。
(もしかして)
頭に浮かんだ予想に、連枝の体は大きく震えた。
「……僕の、魔獣?」
呼びかけると白狼はこくりと頭を垂れた。
半信半疑のまま起き直り、雪に膝をついたまま両手を広げる。
「おいで」
白狼はぶるんと大きく身震いをすると、静かに雪を踏んで連枝の腕の中へ身を寄せた。白銀の頭を誇り高く反らし、雪をならすようにゆっくりとふさやかな尾を振りながら、互いの胸を合わせるようにぴったりと寄り添うと、小さく鼻を鳴らした。
(僕の魔獣)
広げた両腕で抱きしめる。厚い毛皮に包まれたがっしりと太い骨格がわかる。かじかんでいた体が燃えるように熱くなった。
月はさらに傾いていたが、夜明けにはまだ遠い。
連枝は、行きよりもさらに足音を殺して家に戻った。その後ろから白い狼が静かについてくる。集落はまだ眠っている。牛馬も鶏も、白狼が近づくと死んだように息をひそめた。
(騒がれなくてよかった)
ようやく自分の家に帰り着くと、連枝は大きな息をついた。小さな種火しか残していない室内も冷え切っているが、火を起こして家族を起こすわけにはいかない。
「静かにね。おいで」
警戒する様子もなく、小さな家の中を見回していた狼は、ほとんど物音も立てず屋根裏への階段を跳ね上がった。
「お腹空いてるかもしれないけど、ごめんね。朝になったら何かあげるから」
濡れた服を脱ぎ、ひんやり冷たくなっている寝台に潜り込む。なかなか温まらない手足を縮めてもぞもぞと姿勢を定めかねていると、白狼が枕元にぬっと鼻面を突き出した。
「……入る?」
上掛けの端を持ち上げると、鼻先から潜り込むように寝台に這い上がってきた。狼の体も、毛皮の外側は夜気にすっかり冷えていたが、柔らかな下毛はたっぷりと温かな空気を含んでいて、すぐに布団の中は焼き石をいくつも入れたように温かくなった。
耳を伏せて目を細め、うつらうつらと眠り込みそうな狼の首を撫でてやりながら、連枝は小さな溜息をついた。
(朝になったら、きっと大変だ)
家族にどう説明しようかとしばらくは考えていたものの、寒さと緊張がほぐれるにつれて瞼は重くなり、狼の首を抱いたままいつの間にか眠りこんでいた。
作品名:魔獣つかい【サンプル】 作家名:みもり