カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅴ
直轄チーム唯一の尉官である片桐は、三月上旬に、空自の指揮幕僚課程の選抜一次試験に臨んだ。しかし、難関と言われるその試験内容に完全に圧倒されたと言って、相当凹んで帰ってきた。
すっかり大人しくなってしまった彼を元気づけたのは、新入り幹部の小坂だった。片桐より五、六歳ほど年上の彼は、優秀な前任者とは対照的に、三度目の受験でようやく指揮幕僚課程への入校を果たしたという経歴の持ち主だった。吉谷から疎まれるほどに明るい性格の彼は、数多くの失敗談を、人目をはばからず気前よく披露する。1等空尉の「メンター役」を務めるにはかなり頼りなさそうだが、その身近な雰囲気が当の片桐には心地よいのだろう、と美紗は感じていた。
「小坂3佐は独身だそうですし、片桐1尉とは共通の話題も多いんだと思います」
「海の小僧、やっぱり独り者かあ。独身でも、あれはパス。『王子様』は、物静かなイケメンでないとね」
ふざけて口を尖らせた吉谷は、「うちの部で富澤クンの次にイケメンといったら……」と言いかけ、フォークに太く巻き付いたパスタをほおばった。それに合わせて、美紗が、ホワイトソースのたっぷりかかったドリアを食べようとしたとたん、吉谷は、はたと思いついたように目を見開いた。
「ねえ、部長の日垣1佐どう?」
「熱っ」
驚いた拍子に、スプーン山盛りにすくった出来たてを、冷まさず口の中に入れてしまった。両手で口を押える美紗に、吉谷は急いで水の入ったグラスを差し出した。
「そんなにびっくりするチョイスだった? 確かに、日垣1佐じゃ、ちょっと『王子様』って年じゃないか。美紗ちゃんから見たら、二十くらい上だもんね」
美人顔を崩して大笑いする吉谷に、どう反応していいか分からない。美紗は、口の中の熱さがひかないフリをして、取りあえず黙っていた。
「まあ、あの人は個室に籠ってて見えないから、つまんないわね。それに、富澤クンみたいに『見てカワイイ』タイプじゃないし、何か面白いこと言うわけでもないし……」
吉谷は、所属部の長である1等空佐を好きなだけ茶化すと、急に真顔になった。
「それに、日垣1佐、何となく怖いよね」
少し声を落としたその言葉に、ドキリとした。記憶の底に沈んでいた、半年以上も前の出来事が、急に蘇ってくる。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅴ 作家名:弦巻 耀