小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅴ

INDEX|10ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 


「8部にいた頃、日垣1佐とちょっとだけ一緒だったことがあって。その時もそれなりにやり手の人だなとは思ったけど、1部長として戻ってきてからは……、なんていうのかな、あの人、余裕で裏表を使い分けるタイプになったな、って感じ」
「そう……ですか?」
 美紗は、顔の下半分を手で覆ったまま、あいまいに応答した。吉谷が知る由もない、極秘会議をめぐる保全事案。日垣貴仁は、顔色一つ変えず部下を欺き、一連の問題を握りつぶした。極秘会議に紛れた美紗を容赦なく取り調べた彼は、確かに、凄みのある冷酷な目をしていた。
「日垣1佐、優しそうに見えて、実は超シビアな人じゃないかな。そういうトコを、絶対私たちに見せないようにしてるのも、かえって怖くない? いざとなったら、信義も情も捨てられるドライな性格だと思うけど」
 何も目撃していないはずなのに、なぜ分かるのだろう。美紗にとっては、吉谷の鋭い洞察力のほうが恐ろしかった。しかし、吉谷もすべてを見通しているわけではない。あの人は、「裏」の顔のその下に、さらに別の姿を持っている。職場では決して見せることのない、柔らかな眼差し。何かを気恥ずかしく思う時の、髪をかき上げる仕草。あの店で、自分だけが見ることのできる素の日垣貴仁を、なぜか、吉谷には知られたくない。
 美紗は、奇妙な緊張感を覚えながら、取りあえず話題を変えることにした。
「地域担当部には、吉谷さんのお好みの『王子様』候補はいないんですか?」
「真面目に探せばいそうだけど。フロアも違うし、仕事上の繋がりも、今はほとんどないから……」
 予想に反して、吉谷の反応は今一つだった。
「それにね、地域担当部のほうは、なんか、特定の人を『王子様』とか呼んだらシャレになんない感じなのよ」
「堅苦しい雰囲気なんですか?」
 うーん、と吉谷はしばらく考え、ますます小さい声になった。
「美紗ちゃん、今、メインでどこ担当してる?」
「5部所掌の内容を見ています」
「じゃあ、話してもいっか。あそこは今のとこ変な話聞かないから。でも、内緒ってことで」
 いつも快活な吉谷が、食事の手を止め、少し暗い顔になった。
「地域担当部は、どこもうちの部より女の人が多いせいもあるんだろうけど、こっそり『いいご関係』になってる人たちがそこそこいるから、油断なんないのよ」