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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅴ

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(第六章)ブルーラグーンの戸惑い(3)-梅雨時の憂鬱②




 日垣さんの、奥様の、代理

 小坂の奇妙な提案に、彼は何と答えるのだろう。美紗は一人、身を固くした。耳がそばたつ一方で、日垣のほうを見ることができない。

「それって、タダ飯食えるんすか? 大使館の?」
 日垣の言葉より先に聞こえてきたのは、食い意地の張った1等空尉の声だった。
「しかもフランス! めっちゃうまそう! 僕行きたいです!」
「うちの部長の『奥様代理』に男がついてってどうすんだ」
「きっと変な誤解招いちゃうわねえ」
 宮崎が再びオネエ言葉で茶々を入れると、下世話なジョークで盛り上がる若手と、彼らを叱りつける班長の松永の声で、「直轄ジマ」はますます騒がしくなった。その様子を、美紗はぼんやりと見つめていた。
 レセプション、つまり、立食形式のパーティでは、大勢の関係者が一堂に会し、大半の時間を自由に歓談して過ごす。二人連れで出席したとしても、当の二人で落ち着いて話す時間など全くない。それでも、パートナーの肩書で第1部長に同行することは、あまりにも意味深なシチュエーションに感じられる。

「じゃあ、うちの鈴置でも連れて行きます? 鈴置、今週金曜の夜、何か予定あるか?」
 松永の声に、美紗ははっと顔を上げた。身体中に緊張が走り、「ありません」と答えるのが、一瞬遅れた。
「隠れ蓑代わりの奥さん役なら、もう少し年長の、経験豊かな人間のほうが、やりやすいんじゃないですかね」
 佐伯が、ひょろりと細長い上半身を伸ばして、総務課のほうを見た。日垣と松永も、佐伯の視線を追う。「直轄ジマ」よりよほど粛々とした空気に包まれた総務課では、スラリと背の高い女性職員が、圧倒的な存在感を放っていた。