未来は嘘をつく
ペースにはめられて
結局、角川さんは食事を一緒にとらずに、僕が食べるのを笑顔で見て、食べ終わると10分 もしないで、家に帰って行った。
あっという間の時間だった。
食事の途中には、何度か『おいしそうに食べるね』って言われたけれど、本当においしかったから、当然だった。 初めての彼女の手作りの料理は、タッパーにいっぱいの豚の角煮と、レンコンのきんぴら、それに野菜の種類がいっぱいで色とりどりのサラダ と、最後までふたを取らずに中身を見せなかったタッパーの中にはデザートなのか甘いホットケーキが入っていた。
一回の晩御飯で、僕の体重は間違いなく1kg以上増えていた。
彼女とまた会えた喜び胸いっぱいの、お腹いっぱいだった。
角川さんが帰るとナースの神崎さんが、いつものようにノックもせずに部屋にいきなりやってきていた。
「あれ、お腹すいちゃう、なんかいい匂いするんだけどこの部屋・・この前のお見舞いの子来てたでしょ?新しい彼女は、何かおいしい手作りのおかずでも作って持ってきたの?」
同い年のくせに、いつもと同じ少し上から目線の口調だった。
朝も深夜も当然昼間も、のべつまくなく働いている彼女にとって同い年でも学生の僕は子ども扱いのようだった。
「えっと、ご用はないです。今日もどこも別に痛いわけじゃないし・・巡回ご苦労様です」
質問には答えず、早く病室から追い出そうとしていた。
「なによそれ。ナース室で仕事してたらあっというまにあの子帰っちゃったから心配して見に来てあげたの に・・・・ねぇ、ねぇ、どうなの?前の彼女とは別れちゃったの?それとも、隠れて二股かけてるわけ?かわいいもんねあの子」
早口で聞かれていた。
「あのうですね。そういうんじゃないですから・・それより、仕事したらどうですか?」
呆れていた。
「今日は日勤だから本当はもうとっくに仕事は終わり。あとは食事して寮にまっすぐ帰って寝るだけ。毎日そんな繰り返し。深夜勤とか準夜勤なんか続いたら今日が何曜日だかもわかんなくなっちゃうんだから・・」
日勤っていうのは午後5時で仕事が終わりで、もう、1時間半以上も時間がすぎていた。
「神崎さん、だったら、余計に遊んでないで早く帰ればいいのに・・」
病棟ナースの勤務シフトの厳しさは当然知っていた。
「あのねぇ、この仕事って気分転換しなきゃやってられないんだってば・・私は毎日毎日、入院患者ばっかり相手にしてるんだから・・同い年なんだから少しは私の話相手にでもなりなさいよ。ねぇ、それよりあの子ってこの前、森山君の初恋の子だって言ってたよね?何歳の時なの?」
勝手に病室の椅子に座り込んで、手にしていたお茶のペットボトルを飲みながら早口で聞かれていた。
「えー、それ答える?じゃあ、神崎さんの初恋は何歳なの?」
逆に聞き返していた。
「わたしはねぇ、小学生の5年生かなぁー 足の速い子で、恰好よかったなぁー・・とっても好きなんて言えなかったけど、バレンタインにチョコあげたなぁー・・・」
あっさり答えられていた。
「ふーん。じゃあ言うけど、中学1年だけど・・」
仕方なくこっちも答えていた。知らない間に神崎さんのペースにはまっていた。
「へぇー、中学生なら告白して、付き合ったりしたんでしょ?あっ、振られちゃったかもしれないんだ・・どっち?かわいかったんでしょ?小さい時もあの子・・今ってその時よりもっと綺麗になってる?」
興味津々の顔で言われていた。
「告白したけど、付き合ってないですよ」
思わず口にしてしまっていた。
「好きだって言ったら向こうはそうじゃなかったってわけね・・振られちゃったわけだ・・まぁ、そんなもんじゃない初恋なんて・・でも、お見舞いに来るくらいだから、それからは友達として普通に仲はよかったわけでしょ・・いいじゃないそれで」
勝手に神崎さんはどんどん勝手な推測をしていた。
「うーん、ちょっと・・なんか勝手な想像っぽいけどそれ・・仲は良くなかったっていうか・・高校も一緒だったんだけど、話をしたこともあんまりないし・・この前会ったのは卒業以来だから3年以上もたってるんだけど」
考えながら答えていた。
「あれ、そうなの?付き合ってもなくて、しゃべってもいないのにお見舞いなんか来ちゃうの?それも3年ぶりに?彼女何かあったのかぁー。なにか、相談事でもあるのかなぁー。でも、相談相手じゃないよねぇー、仲が良かったわけじゃないんだから・・彼女何か言ってた?」
不思議そうな顔をされていた。
「うーん、相談事じゃないんだけど・・」
少し口ごもって答えていた。
「何?やっぱり何かわけあり?」
手にしていたペットボトルをベッドの横のテーブルに置いて、さらに、興味津々の顔だった。
「あぁーあ、なんかなぁー神崎さんに言うのはなぁー・・」
「いいから言っちゃいなさいよ」
さらに聞かれていた。
「あのさ、彼女にラブレターを出したわけよ。中学1年生の時にね。それがさ、彼女は読んでないんだって・・そのラブレターは彼女のおかーさんが彼女には見せないで、捨てちゃったらしいんだよね・・それで、その事を彼女が知ったのは1年前で、それを気にしてて僕にずっとおかーさんがしたことを謝りたかったんだって。それで、言いたくてお見舞いにきたんだって・・」
言わなきゃいいのにって思いながらも口にしていた。
「えっ、じゃあ、彼女に告白してないんじゃない?森山君って・・。好きだってのは彼女に伝わってなかったってこと?届いてないラブレターの返事をずっと待ってたってわけ?あれ、それより、なんでラブレターが彼女に届かずにその前におかーさんの所に行っちゃうの?」
素直な疑問だった。
「ラブレターさ、郵便で出しちゃったんだよね・・・彼女にもそれって変じゃないって笑われたけど・・」
「へぇー 何それ・・森山君って頭悪いんだ・・だからラブレターが彼女の手に届く前におかーさんてことか・・なんか笑える」
ものすごく馬鹿にされているようだった。
「はい、その通りです」
素直に認めていた。
「えっ、ちょっと待って・・じゃぁ、その手紙がきちんと届いてたとしたら、彼女の気持ちってどうだっただろう?振られた?それともOK?なんだかすごく面白いんだけど・・ねぇ、ねぇ、また来るよね?あの子。聞いちゃいなよ。あの時ラブレターを読んでたらどうだったのって?それ、すっごい興味ある。森山君だって聞きたいでしょ?聞いてよぉー、今度いつ来るの?」
勝手に盛り上がって嬉しそうな顔をしていた。
こっちだって、そんな事は聞きたいに決まっていたけど、聞けるわけないじゃないかってずっと思っていた事だった。
聞いてしまったら、僕の中で何かが壊れてしまうようなそんな不安があった。