ここに来た(全集) 21カ所目追加
2 無錫(中国 江蘇省)
どんよりとしたスモッグに包まれた朝。
出勤前のホテルの窓から見る景色は、白黒の風景に思える。
建設途中の巨大団地にあるプレハブの仮施設は、鉄条網に仕切られたエリアにあり、まるで強制収容所のようだ。
街中に長く続く、瓦礫が散乱した植え込みには、ムラサキカタバミがピンクの花を咲かせている。
黄砂が吹く影響で、ビルの壁は黄ばんだ色になってくるが、砂埃のくすみを拭いている窓など一つもない。
道路脇のガードレールを、雑巾でまばらに拭いている制服姿の年配の女性は何のためか?毎朝見る。
道路を渡る人々は、車が来てもお構いなし、車も人を縫うように走っている。
朝のラッシュアワーには、週に2、3度交通事故渋滞が起きる。
街から30分歩けば、風光明媚と謳われる太湖のほとり。上海蟹で有名なシナモクズガニの養殖が盛んだ。
それらが水揚げされた魚市場の取水は、どう見てもドブ川。長いこと嗅いだことがない排水溝の悪臭に、足早にその場を立ち去りたくなる。
繁華街の南端にある大きな寺院の境内には、所狭しと屋台が立ち並び、日用品から肉、魚、野菜まで、ありとあらゆるものが売られている。
人でごった返す狭い通路を、生ごみを踏まないように歩きながら、ペット用の犬や小鳥の横で売られる腸詰の臭いに吐き気を催す。
古びて見える寺の本堂や塔の外観は、細部の装飾までコンクリートでできており、伝統をまるで意識していない。
夜にはそれらの建物がLEDライトで縁取られ、カラフルに演出されていた。
そうだ、色彩豊かになるのは、夜になってから。
食堂、雑貨屋から隠微なマッサージ店まで、ネオンで町中が華やかに演出される。
月に一度は、打ち上げ花火が見える。季節は関係ない。
ホテル間近のビルとビルの間のほんのわずかな空間で、スターマインが花開いていた。
近くのマンションに飛び火しないか、心配でずっと見ていた。
真夜中に突然鳴り響く爆竹の音に慣れてしまえば、何が起きても気にしなくなれる。
作品名:ここに来た(全集) 21カ所目追加 作家名:亨利(ヘンリー)