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謝恩会(前編)〜すれ違う手と手〜

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 合流した二人は、近くの公園に立ち寄った。お互いの家からほぼ等距離にあって、つい先日までは下校の電車を降りて一緒にここまで歩き、そして別れていた場所だ。

 初めて知り合ったまだ小さな子どもだったころ、二人はよくここで遊んだ。あの時登ったジャングルジム、向かい合って座ったシーソー。晴乃と健太は大きくなって、それらは小さくなったように見えるが実際はあの時の姿のまま、そこに変わらず存在している。
 健太はシーソーの横にある滑り台の支柱に手を掛け振り向き、晴乃の顔を見た。つい先日まで見えないプレッシャーに強張っていた表情が幾分和らいだのが分かる。でもそれは、健太の目にはすべてではなく、僅かな澱みがあるように見える――。

「ルノ、楽しんどう?」
 
「そういう健ちんは、最近楽しそうやね?」 
「そりゃそやろ」健太は即答して、素早く滑り台に登り、上から晴乃を見下ろした「だって何にも縛られへんねんで、輝く自由ってやつよ」
 健太は笑いながら両手を上にして滑りおりた。いつもならここでクスクス笑う声が後ろから聞こえてくるはずが沈黙の空気が二人を包むと、気まずくなって健太は自分から後ろを振り返った。
「ルノ……」
気まずい空気は心配に変わる。健太なりに一拍置いてかける言葉を少ない語彙の中から選ぶ。
「喜ぼうよ。ルノは最強の合格切符手にしたんやで、大富豪で言ったら1か2くらいの――」
「確かにそうやけどさぁ……」晴乃はクスリと笑うと、健太も安堵の笑みを返した。
「健ちんは毎日道場通いで楽しいやろうけど、あたしは人生最大のピンチに追い込まれたんよ」
 笑ったあとすぐに表情を戻した晴乃は本音をこぼして、これまで溜め込んでいたものが姿を現さずに消えた。
「だったらそれを取り戻さないと。大学、始まったらまた忙しいで」
健太が糸を手繰り寄せるジェスチャーをすると晴乃は口に手を当てて笑い、釣られるようにゆっくりと滑り台の降り口にいる健太のもとに寄せられて、最後に手を捕まれた。
「追い込まれたお前を見るの、俺にはつらいねん。今日はルノに安心してもらおうと思ってさ――」
「どういうこと?」
 晴乃はつないだ手から視線を健太の目に移した。いつもと比べて真面目な目付きに、晴乃は今日自分をここに呼んだ意気込みのようなものを感じた――。

   * * *

 晴乃は手を離して健太に背を向けた。肩に掛けたベースのストラップを両手で握り、下を向いて小石を蹴った。 
「あたしたち、付き合う付き合わないに関係なく今までずっと一緒やったやん」
「ああ――」
 二人は公園を横切る小さな男の子と女の子に目が入ると自然にその二人を追っていた。あの頃の自分たちをその子らにダブらせているのは口にしなくてもお互いに分かった。あの頃はお互いに無邪気だった。相手の考えを読むことなく、思ったことを思ったように話すだけで楽しかった。そして今、大人になるにつれ知識とともに良いものもそうでないものも見えてくると、次第に言葉を選ぶようになり、二人の間に見えない何かの存在を認める。

「この先、わからないから、ちょっと怖いねん」
 二人は違う大学に進学することが決まっている。健太が最後に合格を手にしたのはふたつ、地元の滑り止めと安全牌で選んだ地方の国立大学だ。
 当初二人は同じ大学を目指したが、現実的に難しいことは健太は早い段階で分かっていた。それでも、猛勉強して少しは近づこうとしたが二人ともその大学の入試は受けず、結局は進学先が違うと言う意味では同じ結果だった。
「誤解せんとってな。俺は、晴乃とは頭のレベルが違うのは知ってた。だから、心の準備はできていた」
 晴乃はセンター試験の結果で受験のランクをひとつ上げた。それは、健太が失敗してランクを下げざるを得なかったことが理由にあって、今でも選択に間違いがなかったのかを自問自答する日が続いたことをポツリとこぼす。
「俺だって、努力したんや。でも、お前に付いてくのはここまでが限界やってん。だから、ルノは間違ってない」
健太は晴乃の目を見てしっかりと言うと、晴乃の目の泳ぎが止まった。付き合い始め、そして今年に入ってからそんな心の中を健太はずっと見透かしていたような目をしているのが晴乃には分かる。

「ルノは、もうひとつ上の大学に挑戦して良かったと思う。そこで俺のために妥協するなら俺はお前を許さなかったと思う」
「でも――」
 虚ろげな表情が晴乃から健太に移った。これまで元気に道場通いをする彼の本当の気持ちが見えた気がした。表面では笑っているけれど、底の方は自分と大きく変わらないようだと晴乃は悟った。 

「俺だって、自由や言うとうけど色々考えてるねん。どうしたらいいか分からない時がある。だから、道場に通ってるねん。そういう意味で倉泉には色々と助けられた」
「そこで悠里ぃ?」
 晴乃の口調が変わり、思わず声に出た。いつものことながら本人には気づいていない彼氏の無神経ぶりに苛立ちを隠せず思わず口調に現れた。

「ああ」健太は目の色を変えずそのまま続ける「確かに倉泉とは最近毎日学校で会ってるけど、何を勘違いしとう?倉泉のことやから、ルノには言ってたと思ったけどなぁ」
 邪念を消すためにひたすら道場に通うことは知っている。だが、健太が弱みを自ら口にすることがないことも知っている。自分がいながらそれよりも近いところにいる親友に晴乃は複雑な気持ちを覚えて唇を噛んで、抑えていたのに漏らしてしまった感情を詫びる。
「何を?」

「大事な――事」
 健太は彼女に背を向けて腕組みをした。
「大事な、こと?」
「ああ――。大事な、こと」
 健太は肩を揺らして大きく息を吐いた。
 デジャヴのようにフラッシュバックした彼の表情に晴乃は自分の脳内の記憶をたどった。溜め込んだ感情、努めて合わそうとしない目線――、そうだ、去年学校で告白をしたときのそれと同じ表情だ。

「いいよ。何でも、聞くよ」
 晴乃は泳いだ健太の目を捕まえてじっと見つめると、それに気づいて健太はこくりと首をしゃくった。
「色々考えた。大学だって親に行かしてもらうわけやし、俺だけの意見では決められへんやん。費用も、学校の良し悪しもあるわけやし……。俺ん家、ルノん家ほど金持ちとちゃうし」
「それは言わへん約束やんか」
 健太は晴乃の肩に手を置いたと同時に、素早い動作で彼女の身体を引き寄せた。
「ちょっ、ちょっとぉ」
顔が紅潮したのは彼の締め付けがキツいからではない。周囲の目が気になって視点が定まらない。
「武士は多くを語らへんねん、生きざまで語るもんや」
「それはわかっとうよ、昔から」
 晴乃はなすがままに回した手で健太の背中を叩くと、彼は身体を離して晴乃の両肩をつかんで彼女の顔を目でとらえた。

「理由は聞かないでくれ。俺、神戸に残る。こっちの大学に行くことにした」
「えっ?」
 健太の手が肩から離れると、晴乃はどう反応することもできず、そこで時間が止まった。どれ程止まっていたかはわからない、ただ、何もできなかった――。
 

 謝恩会まで おわり