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一人暮らし、ささやかな夢を実現して

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「こんな青空は前にも見たことがある」と美里はつぶやいたが、佳恵は聞いていなかった。
「これから、お父さんのところに行くけど、一緒に行く」
「一緒に行ってもいいけど、お父さん、怒らない?」
「どうして?」
「だって、前に『親子の縁を切る』と言われたのよ」と美里が言うと、
佳恵は大笑いした。
「何がおかしいの?」
「そんなことを気にしていたの? あなたもお父さんもやっぱり親子ね。そんなことお父さんはとっくに忘れているわよ。会いたいのに、『会いたい』と言えない。あなたも同じでしょ? よく、『美里は元気しているのか?』と聞くのよ。『そんなに心配なら、電話でもかければ良いのに』と言うけど、頑固としてかけない。あっという間に時間が過ぎたけど」
美里の目にうっすらと涙が流れたが、佳恵は気付かないふりをして、「さあ、行きましょう」と明るく言った。

病室でいる父を見たとき、美里は驚いた。あまりにも小さく、そして老いて見えたからである。「何で会いに来なかったか?」と自問してみるものの、答えが出なかった。
「よく来てくれた」と明はほほ笑んだ。
 そのほほ笑みに美里はうなずき、涙を流した。
「遅くなってごめんなさい」
「いいさ」
 とりとめの話をした後、突然、明が、「もう、富山には戻らないのか?」と聞いた。
「たぶん、戻りません。中古ですけど、マンションを買いました」
 明は黙って聞いた。
「昔から、自分の力で一人暮らしをするのが夢でした」
「夢は実現したというわけか」と明は呟いた。
「今は川を眺めながら、好きなコーヒーを飲み、音楽を聴いて自由な時間を楽しんでいます」
「幸せか?」
「幸せだと思います」
「結婚はどうした?」
「昔から、結婚願望はありませんでした。それにお父さんが望んだ良妻賢母も夢見たことがありません」
 その毅然とした言い方に、明は苦笑した。
 痩せた父の横顔を見た。その時、不思議とわだかまりが消えていたことに気づいた。
 
家に戻り、夕食を済ませた後、佳恵が、美里に言う。
「あなたに知ってほしいことがあるの?」
 佳恵は明の半生を語る。子供の頃から、家を守るために生きてきた半生を。死期が遠くないと悟り、その荷を下ろそうと思っているが、後継ぎのマモルが東京から戻ってくる気がないことも詳らかに語った。
「あなたも戻る気はないわね」と佳恵は言うと、
美里はうなずいた。
「しょうがないわね」と佳恵はほほ笑んだ。
 美里は、半年前に医者から子宮筋腫の手術を勧められたことを告げた。
「このまま結婚もしないで、子供も産まなかったら、どう思う?」と聞いてみた。
すると、佳恵は「じゃあ、私が結婚して孫を見せてと言ったら、そうするの?」と逆に聞き返され、美里は戸惑った。
「見たくないと言えば嘘になるけど、ここまで大きくなった娘がいるだけで満足よ。ちゃんと幸せになってくれれば、それでいいわ。高校時代にあなたは言ったわよ。『結婚や出産だけが幸せじゃない』と」
美里はハッと気づいた。結婚や出産だけが幸せじゃないけど、それも幸せだということを。同時に、自分の中にあった満たされないものが何であったかを悟った。