LOVELY
「ヒロ君がいない間退屈なんだけど、本が読みたくても薬の副作用で小さな字を読むのが苦痛だ」ってね。僕は小説を書くという趣味もあるんだ。短編小説だけどね。そうして書いて字をフォントサイズ十六くらいの大き目にして印刷して聖マリアンナ病院に届けに行くんだ。それから次の仕事が決まるまで、毎晩、家で小説を書いてたね。そしてハナに届けた。面会時間の許す限り会って、夜は小説。ハナは面白いって言ってくれた。そのうち推理小説も書いたよ。家に帰るとハナから推理小説のことでメールだ届いてるんだ。
「あの外交官は何者?校長の献金疑惑の行方は?そしてあの外交官がカンボジアに行った本当の理由は?結末はいかに―」そうメールで打ってんだよ。僕が宣伝のために、結末やいかに―って打つなら分かるよ。ハナの奴本当に話に引き込まれて、結末やいかに―って打ってんだからまいったね。あれには僕のほうがやられたよ。そしてお見舞いに行って一ヶ月くらいしたとき、ハナに困っていることはないかって訊いたんだ。そしたらハナは、
「病院のご飯って本当味気なくてまずい。魚なんか全然味がない。中華とか脂っこいものを食べたい。ヒロ君の料理の方が美味しくて薄味でずっといい」そう言うんだ。僕はどうしたかっていうと、ハナの好きな牛肉のトマト煮、中華街でヒントを得た料理を作ってタッパーにつめて、あざみ野からバスに乗って、聖マリアンナ病院に持ってったんだ。当然そこでは食べられないから、ハナはパジャマ姿のまま散歩に行くって、僕達は病院を抜け出して、公園のベンチに座って、ハナに牛肉のトマト煮を食べさせたんだ。本格的な香辛料を使ってね。ハナは泣くほど喜んだね。
「生き返ったー」って言って「人間らしい食事だ」とも言ったよ。昔から僕は料理だけはできたからね。僕達はいつも僕が冗談を言って笑いながら料理を食べるんだ。
きっと僕達は老いたら二人で静岡の梅が島辺りの山奥に小さな家を建ててひっそり住むんだ。僕達の二人だけの家。二人は幸せに暮らし、幾つもの星座より綺麗で静かな毎日を過ごす。小さな家で二人で料理をし、じゃが芋に切れ目を入れて、バターをのせてホイルに包んでゆっくり暖炉で焼く。僕は安倍川辺りに釣りに行って、鮎やイワナを釣ってくるんだ。そして秋には銀杏を拾ってきて、炒って、そんな暮らしをするんだろうよ。
入院している間ハナは暇だから僕のことで思い出せることを紙に書いたんだって。参ったよ。これには。ハナが書いたのをハナはパジャマ姿で読み上げるんだ。
「ヒロ君は、頼もしくて、優しくて、かっこよくて、筋肉があって、服のセンスがよくて、料理ができて、頭がよくて、水泳ができて、足が速くて、ダンスが踊れて、絵が上手くて、英語が話せて、中国語が中華街で少し話せて、美術館の絵のことを知ってて、電車は迷わないでいつもたどり着いて、コーヒーの味はよく分かってて、介護の現場でお年寄りから好かれてて、介護福祉士を持ってて、ケアマネジャーを持ってて」
そういった感じで僕のことについて思いつくことをずっと書いてたんだ。もう完全に殺られたね。いまどきの平成の二十歳前後で可愛い子ぶってる子が施設とかでもよくいるけど、もう四十近くになるハナの方が百万倍可愛いね。本当に参ったね。心を射止められるってのはこういうことをいうんだよ。ハナが無事、退院できたと同時に僕の次の就職先が決まった。だから僕はお祝いをしようと思ったんだな。だけどお金がなくてね。なんせ無職だったから。そして僕は、スーパーに行って、百円くらいの新鮮な秋刀魚と鯵を買ってきたんだ。そして家にある木材で木舟を作ったんだ。そして鯵と秋刀魚をさばいて舟盛りにしたんだ。
「どうだ、豪華になったろう」
そう言ったら、ハナは走って何かを取りに行ったんだ。カメラでも持ってくるのかと思ったらハナは紙を持ってきたんだ。あの、
「ヒロ君は頼もしくて、優しくて、かっこよくて……」とか書いた紙をね。そこに、
「あと日曜大工もできてって加えておいた。これでヒロ君のいいとこ二十一個だったのが二十二個になった。二十二っていったら私達の結婚した年が平成二十二年だから、ちょうど二十二」
それを満面の笑みで言うんだ。本当に可愛かったな。ただあのときのハナの笑顔はどうしようもなく可愛くて、なんていうか僕には本当に印象的だった。
本当に印象的だった。