白と黒
~白と黒~
第1章(プロローグ)
あの夏の日、屈託のない表情で笑いながら、少しずつ無機質な何か別の自分に変わっていく僕が居た。周囲の目を気にしながら、びくびくと気を使って近づき過ぎず、距離間を間違わないように生きることが人生の正解だと言い聞かせながら・・・。
いつの時代もそこを見誤るやつは爪弾きにされ、強者・・・いや自分を守る術を知っている弱者達の集団によって淘汰される存在となる。そして一度踏み外したステージに戻ることは許されない。この物語は、そんな弱者が弱者として生きた話である。
舞台となる町は地方の小さな田舎町。周りは山と海に囲まれ、電車は通ってないため、町への移動手段は車かバスしかない。バスも1日に5本あるかないかといったところで、交通の便は非常に悪い。お店と言えるのは小さな商店と、自動販売機がたまにある程度。コンビニまで車で1時間、町まで1時間30分も掛かる。もちろん人口も少なく、高校に入るまでクラスの顔ぶれが変わることもなかった。そんな小さな町で、物語の主人公となる最上明人は生まれ育った。
第2章(灰色)
2002年春、新しい仲間が増えるといった楽しみはなく、知った顔ぶれとは言え中学という新しいステージを迎えることに明人は心躍っていた。お調子者で小学校からずっとフザケタことばかりしていた明人は先生からしょっちゅう怒られ、しまいには休暇で田舎町に来ていた他校の生徒を泣かせ、校長先生直々にお説教をもらうような子供であった。その反面、頭の回転が早くテストなどは全てトップ、授業中は一切話を聞かずに遊んでいたため、先生もほとほと取り扱いに困り果てていたようだった。明人は、子供ながらに自分がふざけることで周りを笑わせることが嬉しくなり、いつもついやり過ぎてしまうのであった。
そんなお調子者の明人も中学に入ると、年齢による上下関係という急な隔たりが出来たことに少し戸惑いを覚え始めた。今時応援練習という名目の後輩いびりや、先輩とすれ違うたびに必ずあいさつをするといった、暗黙のルールが明人にとっては重苦しく感じた。
中学に入学してから1カ月が過ぎようとしていた頃であった、
「明人!!」
急に声を掛けられ、明人は少し戸惑った。
一瞬誰か分からなかった。そこに居たのは昔から知っているはずの海斗であった。しかし、海斗が中学に入学以来ほとんど会っていなかったせいもあるが、あまりに大人びてしまった彼の姿に明人は茫然としていた。
「お前も中学生なんだなー。この前までランドセルだったのになw」
明人は戸惑いながら、少し頷いた。
「何か分かんないことがあれば、俺が教えてやるから、何でも聞けよ!勉強以外な」
そう言った海斗は、3年生の教室へ戻って行った。
「海斗先輩って、ほとんど学校来てないらしいよー」
それを見ていた美菜がぼそっとつぶやいた。美菜は明人が小学校からフザけて苛めたり、苛められたりした唯一気を許した女友達だった。
「え、そうなの?最近かっくんと会って話してなかったからなー」
明人は海斗を幼い頃からかっくんと呼んで慕っていた。
「先生達も、怖いからって何にも言えないんだってー」
間髪を入れずに、香奈が話に入ってきた。香奈は俗に言う女の子の中の女の子。明人が苦手のタイプなThe女子であった。
「しかもー、やばい人たちと夜カラオケに居るのを見たって香奈のママが言ってたー」
噂好きなのも、香奈の専売特許である。
「ま、かっくんだから大丈夫っしょ」
この時の明人にはそういう海斗の行動が、悪いやつ=自分とは違う世界に居る人に思えて少しカッコよく思えていた。明人と海斗の出会いが、白と黒がまみれる分岐点になるとはこの時の明人は気づくはずもなかった。
季節は春も終わり、初夏の独特の海の匂いが漂い、明人にとっての新しいステージも順調に過ぎていった。
「あっき!おはよー」
明人が巧の家の前を過ぎたころ、声をかけてくる。学校に登校するときは、決まった時間に巧と落ち合うようにしていた。巧は明人の近くに住んでいる昔からの幼馴染であった。二人は小学校の時からフザケて先生を困らせては怒らせ、数々の死線を乗り越えた戦友だった。
「ういっ、今日も暑いなー、学校着くまでに干からびちまうわー」
気だるそうに明人が答える。
「いやいや、まだ夏始まったばっかだし、今はまだましだろ、って思いたい」
と言いながら、巧の顔にも汗が滲んでいる。
「俺さー、虚弱体質だから暑いの無理!」
明人の一言に巧が笑いを堪えなくなる。
「おまっ・・・笑。その図体で虚弱体質って・・・。何言ってんの」
巧が笑うのもしょうがない、明人は身長が高く中学生にしては体つきがしっかりしていたのだ。
「いやいやいやいや、こんなカヨワイ中学生に失礼な!」
一応明人は否定した。
「はいはい」
巧にはあっさり流される。明人はボケて巧が突っ込む、最後は流されるといったいつもの流れである。
「あのさー、もしかして、今日って音楽の授業あるくね?」
おもむろに明人が巧に尋ねた。
「あー、そいやー今日あるね!ババアかよーしんどー」
田舎の中学だったため、音楽の授業には臨時講師の女性の先生が週2日だけ学校へ来ることになっている。良い先生だったが、怒る時にラ行が巻き舌になることから、生徒たちからずっといじられていた。その流れで先生を怒らせるために、授業を妨害し、授業が進まず常に先生は怒っていた。授業中の大半が説教で終わってしまうため、生徒達も退屈になるという悪循環をもたらしていた。
「よし!今日は授業サボるか!」
「いいね!でもまぁ無理だろ」
巧の提案に明人は全否定する。それもそうである、全校生徒80人程度の小さな学校であるため、授業など抜けだせばすぐに大問題となり担当教諭と学年担任、親とトリプル説教地獄確定なのだ。基本的にめんどくさがりの明人は面白半分でふざけるのは好きだが、大がかりに長時間説教されることを激しく嫌っていた。
「んー、まぁめんどいけど仕方ない、俺らがイジらないとババアが寂しいかもしれないし、出てやるか」
巧の都合のよい勝手な解釈はいつものことである。
くだらない会話をしながら登校していた明人達だったが、こんなささやかな日常ですら一瞬のうちに景色は移り変わり白から灰色そして黒く染まっていく。
「あ!あっきーおはよー!」
今日も教室に入ると美菜が明人に笑顔を向ける
「うい、おはー」
明人はダルそーに答える。
「おーい!おーい!あっき!今日もおはよ!」
すかさず、絵里が明人の視界の中に無理やり入ってくる。絵里は常にテンションが高く、うざいの一言に決してめげない、めんどくさいやつである。
「おま、今日も朝からうっさいな」
明人が絵里の体を邪魔そうにどけながら答える。
「あ!巧もお、は、よ!」
教室に入ってくる巧にすかさず走って行き、巧の視界に無理やり入る。
「う、」
巧は体制を崩しつつも間髪いれずに言い放つ。
「邪魔だ、ブス!」
絵里は全く動じることがない。
第1章(プロローグ)
あの夏の日、屈託のない表情で笑いながら、少しずつ無機質な何か別の自分に変わっていく僕が居た。周囲の目を気にしながら、びくびくと気を使って近づき過ぎず、距離間を間違わないように生きることが人生の正解だと言い聞かせながら・・・。
いつの時代もそこを見誤るやつは爪弾きにされ、強者・・・いや自分を守る術を知っている弱者達の集団によって淘汰される存在となる。そして一度踏み外したステージに戻ることは許されない。この物語は、そんな弱者が弱者として生きた話である。
舞台となる町は地方の小さな田舎町。周りは山と海に囲まれ、電車は通ってないため、町への移動手段は車かバスしかない。バスも1日に5本あるかないかといったところで、交通の便は非常に悪い。お店と言えるのは小さな商店と、自動販売機がたまにある程度。コンビニまで車で1時間、町まで1時間30分も掛かる。もちろん人口も少なく、高校に入るまでクラスの顔ぶれが変わることもなかった。そんな小さな町で、物語の主人公となる最上明人は生まれ育った。
第2章(灰色)
2002年春、新しい仲間が増えるといった楽しみはなく、知った顔ぶれとは言え中学という新しいステージを迎えることに明人は心躍っていた。お調子者で小学校からずっとフザケタことばかりしていた明人は先生からしょっちゅう怒られ、しまいには休暇で田舎町に来ていた他校の生徒を泣かせ、校長先生直々にお説教をもらうような子供であった。その反面、頭の回転が早くテストなどは全てトップ、授業中は一切話を聞かずに遊んでいたため、先生もほとほと取り扱いに困り果てていたようだった。明人は、子供ながらに自分がふざけることで周りを笑わせることが嬉しくなり、いつもついやり過ぎてしまうのであった。
そんなお調子者の明人も中学に入ると、年齢による上下関係という急な隔たりが出来たことに少し戸惑いを覚え始めた。今時応援練習という名目の後輩いびりや、先輩とすれ違うたびに必ずあいさつをするといった、暗黙のルールが明人にとっては重苦しく感じた。
中学に入学してから1カ月が過ぎようとしていた頃であった、
「明人!!」
急に声を掛けられ、明人は少し戸惑った。
一瞬誰か分からなかった。そこに居たのは昔から知っているはずの海斗であった。しかし、海斗が中学に入学以来ほとんど会っていなかったせいもあるが、あまりに大人びてしまった彼の姿に明人は茫然としていた。
「お前も中学生なんだなー。この前までランドセルだったのになw」
明人は戸惑いながら、少し頷いた。
「何か分かんないことがあれば、俺が教えてやるから、何でも聞けよ!勉強以外な」
そう言った海斗は、3年生の教室へ戻って行った。
「海斗先輩って、ほとんど学校来てないらしいよー」
それを見ていた美菜がぼそっとつぶやいた。美菜は明人が小学校からフザけて苛めたり、苛められたりした唯一気を許した女友達だった。
「え、そうなの?最近かっくんと会って話してなかったからなー」
明人は海斗を幼い頃からかっくんと呼んで慕っていた。
「先生達も、怖いからって何にも言えないんだってー」
間髪を入れずに、香奈が話に入ってきた。香奈は俗に言う女の子の中の女の子。明人が苦手のタイプなThe女子であった。
「しかもー、やばい人たちと夜カラオケに居るのを見たって香奈のママが言ってたー」
噂好きなのも、香奈の専売特許である。
「ま、かっくんだから大丈夫っしょ」
この時の明人にはそういう海斗の行動が、悪いやつ=自分とは違う世界に居る人に思えて少しカッコよく思えていた。明人と海斗の出会いが、白と黒がまみれる分岐点になるとはこの時の明人は気づくはずもなかった。
季節は春も終わり、初夏の独特の海の匂いが漂い、明人にとっての新しいステージも順調に過ぎていった。
「あっき!おはよー」
明人が巧の家の前を過ぎたころ、声をかけてくる。学校に登校するときは、決まった時間に巧と落ち合うようにしていた。巧は明人の近くに住んでいる昔からの幼馴染であった。二人は小学校の時からフザケて先生を困らせては怒らせ、数々の死線を乗り越えた戦友だった。
「ういっ、今日も暑いなー、学校着くまでに干からびちまうわー」
気だるそうに明人が答える。
「いやいや、まだ夏始まったばっかだし、今はまだましだろ、って思いたい」
と言いながら、巧の顔にも汗が滲んでいる。
「俺さー、虚弱体質だから暑いの無理!」
明人の一言に巧が笑いを堪えなくなる。
「おまっ・・・笑。その図体で虚弱体質って・・・。何言ってんの」
巧が笑うのもしょうがない、明人は身長が高く中学生にしては体つきがしっかりしていたのだ。
「いやいやいやいや、こんなカヨワイ中学生に失礼な!」
一応明人は否定した。
「はいはい」
巧にはあっさり流される。明人はボケて巧が突っ込む、最後は流されるといったいつもの流れである。
「あのさー、もしかして、今日って音楽の授業あるくね?」
おもむろに明人が巧に尋ねた。
「あー、そいやー今日あるね!ババアかよーしんどー」
田舎の中学だったため、音楽の授業には臨時講師の女性の先生が週2日だけ学校へ来ることになっている。良い先生だったが、怒る時にラ行が巻き舌になることから、生徒たちからずっといじられていた。その流れで先生を怒らせるために、授業を妨害し、授業が進まず常に先生は怒っていた。授業中の大半が説教で終わってしまうため、生徒達も退屈になるという悪循環をもたらしていた。
「よし!今日は授業サボるか!」
「いいね!でもまぁ無理だろ」
巧の提案に明人は全否定する。それもそうである、全校生徒80人程度の小さな学校であるため、授業など抜けだせばすぐに大問題となり担当教諭と学年担任、親とトリプル説教地獄確定なのだ。基本的にめんどくさがりの明人は面白半分でふざけるのは好きだが、大がかりに長時間説教されることを激しく嫌っていた。
「んー、まぁめんどいけど仕方ない、俺らがイジらないとババアが寂しいかもしれないし、出てやるか」
巧の都合のよい勝手な解釈はいつものことである。
くだらない会話をしながら登校していた明人達だったが、こんなささやかな日常ですら一瞬のうちに景色は移り変わり白から灰色そして黒く染まっていく。
「あ!あっきーおはよー!」
今日も教室に入ると美菜が明人に笑顔を向ける
「うい、おはー」
明人はダルそーに答える。
「おーい!おーい!あっき!今日もおはよ!」
すかさず、絵里が明人の視界の中に無理やり入ってくる。絵里は常にテンションが高く、うざいの一言に決してめげない、めんどくさいやつである。
「おま、今日も朝からうっさいな」
明人が絵里の体を邪魔そうにどけながら答える。
「あ!巧もお、は、よ!」
教室に入ってくる巧にすかさず走って行き、巧の視界に無理やり入る。
「う、」
巧は体制を崩しつつも間髪いれずに言い放つ。
「邪魔だ、ブス!」
絵里は全く動じることがない。