竜が見た夢――澪姫燈恋――
「貴方がどのような事情を抱えているかは存じませぬが、見知らぬ地で警戒するは当然のこと。どうぞお気になさらずに。それよりも――」
「……あなたは」
「……?」
かみ合わない会話。
瑠璃は男が表情をゆがめている理由が分からず、今度こそ首をかしげた。けれどやはりその傷のほうが気になって、再度言葉を繰り返す。
「床にお戻りください。傷に触ります」
床から退く少女に、戒はなんと言っていいのか分からなかった。――少女は、自分が怯えていたことに気づいていないのだ。
自分が微かな怯えで瞳を揺らしていたことも、
それから逃れるために水を操ったことも、
戒の謝罪を受けて怯えが消えていることも。
「あなたは……」
感情をわかっていないのかと、続けてはならない。
破璃(ガラス)のような少女の瞳。その向こうで確かに揺れている感情。
心を持たぬわけではないと、分かる。ならば不用意な発言をしてはいけない。
脆い破璃はたやすく砕け、心に塞げない穴を穿ってしまうから。
状況はまだ分からないことのほうが多いけれど、その中で分かる事実。
少女は戒を助けた。
ならばその恩に仇をなすような真似だけは避けなくては。
「…………お気遣い、痛み入ります」
ようやく紡いだ言葉は、本当に言うべきことと、何かが違っている。
そんな二人の様子を、人ならざる女はただ見ていた。
作品名:竜が見た夢――澪姫燈恋―― 作家名:緋水月人