銀之助随筆集
手記 ある昼下がりの情景 二〇一六年六月二十六日
午前のアルバイトを終えて、帰り道に公園へ立ち寄ろうとした。知らぬ間に梅雨が終わってしまったのかと思う程、雨が降らずに晴れの日ばかりの今日この頃。今日も、陽が肌を焼いて、全く梅雨とは思えない。
公園に向かう途中に、横断歩道を渡らねばならなかった。そこは押しボタン式の信号で、横断歩道の向こう側には、五十代くらいの男がボタンの傍に立って、信号が青に変わるのをじっと待っていた。私はすっかり、その男が既にボタンを押しているものだと考えて、車用の信号機の青色が黄色に変わる様を待っていた。
果せるかな、一向に歩行者用の信号は青にならない。目の前を何台もの車が通り過ぎては、太陽の熱線が私の首に照り付け、立っているだけで堪らなかった。向こう側の男を睨みつけても、彼も私と同じように、どこか一点を凝視して、ひたすらに信号を待っているようである。
渋谷のスクランブル交差点でさえ、ここまで長い間、歩行者を待たせるようなことは考えられなくなり、とうとう私は、少し離れたところにある信号機の押しボタンを確認した。その時に初めて、信号機のボタンが押されていないことを知ったのである。不毛な時間を過ごし、首元から汗が噴き出していた。とんだ災難であった。
ボタンを押して三秒経たぬうちに、車用の信号は黄色から赤に変わり、歩行者用信号が青に変わった。対して、こちらに歩いてくる五十代の男は、長い間待ちくたびれたようで、不機嫌な顔をこちらに向けてきたが、強いて言えば、私が被害者であるから、彼が私に謝罪をするか、慰撫すべきである。しかし、彼の睨み顔を見るや否や、私は何故か、小さな会釈をしたのである。僅かな微笑みを含めて。
やっとの思いで公園に着くと、木陰にあるベンチに腰を下ろし、途中で買ったアイスティーを飲んだ。気温は二十八、九度あるというのに、子供達が休む間もなく、ボールを投げたり蹴ったりして、走り回っていた。彼等の宏大無辺の体力というものは、あの小さな身体のどこに有しているのだろうか。私はハンカチで汗を拭いながら、彼等の運動を眺めていた。
暑さにやられてしまい、読書をする気も失せたので、スマートフォンを取り出して、友人の活動のあれこれを無気力に眺めていると、私の足元にサッカーボールが転がってきた。私は生まれてこの方、サッカーを習ったことが一度もない。友達との遊びでさえ、サッカーを避けて生きてきたのである。
私は、サッカーボールを手で拾い上げると、子供達の方へ放り投げた。彼等は私に感謝する様子もなく、そのままサッカーを再開した。「全く、最近の子供というものは、礼節というものを弁えないようだ」、と若者の振る舞いが癪に障る老人の気持ちであった。
暫くすると、再び私の足元にボールが転がってきた。私はそれを拾い上げ、子供の元へ放り投げると、ボールを受け取った彼等は、また礼を言わずに、サッカーを始めた。
ボールを渡し終え、アイスティーをもう一口飲もうとしたとき、またしても、私のもとにボールが転がってきた。えい、こうなったら、やけくそだ。私は力一杯蹴り返してやろうと思い立ち、ベンチから立ち上がった私は、子供達めがけて、ボールを蹴り出した。
ボールは子供達の方から大きく逸れて、花壇の中に飛んでいった。