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その目に魅せられて

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「サラは、死ぬ間際、俺に電話を寄越した。裏切ったお前を許せないと言った。お前に呪いながら死ぬと言った。いいか、サラはトルコ女だ。メドゥーサだよ。お前は呪い殺される。想像してみるがいい」
メドゥーサはギリシャ神話に出てくる怪物で、頭髪は蛇、そして、猪の牙、黄銅の手を持ち、その顔を見るものを全てに石にする。のちにペルセウスに退治され、その血からペガサスが生まれた。メドゥーサ伝説はトルコで生まれたという説がある。今でも、トルコには、眼に不思議な力が宿るという信仰がある。
田中は思わず想像してしまった。サラが燃える火の中で自分を呪いながら焼け死んでいくさまを。
「お前は呪い殺されればいい」と西田は怒鳴って消えた。

夜、田中は独りで寝ていた。
携帯電話が鳴ったので目を覚ました。出ても相手は無言のままだった。
「誰だ? 悪戯電話なら切るよ」
「私よ、分かる?」
相手の声を聞いてびっくりした。眠気がいっぺんに醒めた。サラである。
「私がわからないの。わたしの目を見て」
すると、闇夜に彼女の目がぽっかりと浮かんだ。彼は思わず携帯を落とした。
――そのとき目を覚ました。今まで見たこともない恐ろしい悪夢に田中は震えがとまらなかった。

田中の知人が、「それから、どうしかって? 知りたいかい?」と聞くと、
私は思わずうなずいた。
「田中は生きているよ。とうとう狂ってしまったがね。サラの写真を持っていてぼんやりと佇んでいるのを発見された。その時は既に自分が何者かを全く忘れていた。このことから一片の教訓でも感じとれるかい? 」
「それはない。思わず、シェークスピアの劇、ベニスの商人だったかな。『その目に見られて私の心は二つに裂かれてしまった、半分はあなたのもの、残りの半分もあなたのもの』というセリフを思い出したよ。女の目を信じちゃいけない。あれは男を騙す道具だ。でも、田中の話は君の作り話だろ?」 

作品名:その目に魅せられて 作家名:楡井英夫