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ピザ宅配の坊や

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「最近、気が重いの。何をするのもお金がかかって。化粧も。服も。男も。ホスト遊びなんか止めようと思っているけど、止められないのよ。バカみたいでしょ? 鏡をみて分かるの。私も十分オバサンだって。もう十歳若かったら、いろんな恋ができるとも思うの。でも、時間は戻らない。人間って、愚かな生き物よ。一番大切なもの、時間を浪費している。こうやって無駄口を叩いていても、少しずつ消えていく。その消えていく悲しみ。今は痛いほどよく分かる。返してほしい。私の貴い時間」
「神様にお願いしても、無理な話ね」
「分かっている。分かっている。よく分かっている」
「ねえ、どうして、あのバツイチからプロポーズをどうしたの? 断ったの?」
「断ったわよ。なんで、初婚でいきなり子持ちにならないといけないのよ」
「でも、それも良かったかも。だって、これから結婚して妊娠するなんて、かなりハードルが高いわよ。健康な子を産むのはさらに高い。それを考えたら、まだ三歳でしょ? 十分手懐ければ、実子と変わらないくらい懐くと思う」
「嫌よ。自分が生んでもいない子を可愛がるなんて」
「だったら、早く見つけることね。そうしないとあっという間に四十よ。四十過ぎたら、さすがに子供を産むのは躊躇われるでしょ?」
「そう簡単に言うけど、見つけるのは大変なのよ」
「そう思うわ。お姉さんのように昔、美人で、一流大学を出て、そのうえ、一流企業の課長となれば、それにふさわしい男はいないと思う。だいたい、良い男はあっという間に売れちゃう。残っているのはほとんどクズね。でも百%クズではないから……」
「それ、慰めているの?」
「半分くらいは」
「半分か」とケイコがため息をついていると、
着飾ったショウコが戻ってきた。
「よく化けたわね。まるで二十歳前の乙女よ」とケイコ。
「それは褒め過ぎよ。でも、本当にきれい。苦労すれば、まだ、きれいになれるのね」とワカコがため息をつく。
「癪だけどよく似合う。そのドレス、合わないと思っていたから、何ならあげるわ」とケイコ。
「気前がいいのね」とワカコ。
 ショウコは二人の会話など聞いていない。
時計の針が三時を差す。しばらくしてチャイムが鳴る。三姉妹が揃って、玄関に向かう。ショウコがにこにこしながらドアを開ける。
ドアが開いた。その瞬間、三人の時間は止まった。
ピザを持って立っていたのは、どこにもいるオッサンだったのである。
「どういうこと?」とショウコはワカコに言う。
「ねえ、Xさんに宅配を頼んだはずだけど……」
「Xですか? 昨日から休んでいます」
「休んでいる? 何か病気なの?」とショウコ。
「病気といえば病気かな。年から年中、女を追っかけていますから。今回だって、急にどこかのマダムと一緒に旅行です。強引に誘われたみたいで。今頃、楽しんでいるはずです」といやらしい笑いをする。
ケイコは手を叩いて大笑い。つられてワカコも手を叩く。ショウコだけが笑わずにピザを受け取る。
宅配のオッサンが帰ると、そのままピザを床に投げ捨て、「もう金輪際、ピザなんか、食べない」とショウコは宣言した。
作品名:ピザ宅配の坊や 作家名:楡井英夫