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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ

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(第五章)二杯のシンガポール・スリング(3)-二度目の会合①



 吉谷綾子と昼食を共にした日の午後、美紗は、軽い目まいを覚えながら、遅れた仕事を少しずつ片付けていった。いつもと変わらず騒々しい「直轄ジマ」で、先任の松永だけが、ずっと仏頂面で黙っていた。細かすぎるほど面倒見のいい指導役が何も言わなくなったのは、相当怒っているからだろう。彼をそうさせた心あたりが、美紗には山のようにあった。少しでも挽回したいところなのに、動揺しがちな心をかき乱す要因はさらに増えた。
 自分を気遣ってくれたように見えた吉谷は、実のところ、いわくつきの要注意人物なのだろうか。警告のようなメールを送ってきた日垣は、なぜ自分が昼休みに吉谷と一緒にいたことを知っていたのだろうか。

 八時をかなり回ってから、美紗は第1部の部屋を出て、誰もいないエレベーターホールにぽつんと立った。その日のうちにやるべきことの大半は終わらせたが、松永は最後まで不機嫌なままだった。彼が、この数日間、美紗に振り分ける仕事を減らしているのは、美紗自身もなんとなく感じていた。
 所定の時間内に所要の仕事ができなければ、その場にいるだけ足手まといだ。このままでは、いずれ直轄チームを外されるだろう。美紗はため息をついた。三カ月近くにわたり懇切丁寧に自分を指導してくれた松永に対する申し訳なさで、胸が痛かった。

 階下から上がってきたエレベーターの扉が開く音に、美紗ははっと顔を上げた。中から、水色と濃紺のツートンカラーの制服姿が出てきた。第1部長の日垣だった。手ぶらなところを見ると、別の部署にいる同期を相手に、雑談交じりの調整業務を終えて戻ってきたところらしい。すれ違いざまに「遅くまでご苦労様」と声をかける上官を、美紗は無理矢理引き留めた。
「日垣1佐。吉谷さんに気を付けるようにって、どういう意味なんですか」
 切羽詰まった声がエレベーターホールに響いた。日垣は静かな笑顔を消し、手をわずかに上げて美紗を制した。
「そんな大げさな話じゃない。ただ……」
「吉谷さんはどういう人なんですか?」
 少し声を落とした美紗は、胸の内に溜まった不安を一方的に吐き出した。
「高峰3佐のように、公にできない立場の人なんですか。それとも吉谷さんは何か……」
 好ましくないことに関わっているのか、と聞こうとした時、第1部の出入り口が開錠される電子音が聞こえた。ドアが動き、その向こうから数人の職員が現れた。彼らは、日垣と挨拶を交わすと、三基あるエレベーターのひとつの前にたむろした。ちょっと飲みに行こうかなどと雑談する一団を、美紗は張り詰めた顔で見つめた。話の続きをするには、残業帰りの彼らとの距離が、あまりにも近すぎる。