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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ

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「何の話だった?」
 直轄チーム先任の松永3等陸佐に問われ、美紗は慌てて答えた。
「あ、その、……身上書で、書き間違いがあると……」
 自分の顔がさっと固くなるのが分かる。極秘会議の事案から二カ月近くも経ち、ようやく仕事のペースと松永の信頼を取り戻してきたところで、またひと騒ぎ起こすわけにはいかない。美紗は、小さく息を吐いて、平静を保とうと務めた。
「身上書? ああ、クリアランス格上げのやつか。しかし、記入ミスを部長が直々に言ってくるかな、普通」
 自席に戻る美紗を見ながら、松永は怪訝そうに独り言ちた。
「日垣1佐、意外と細かいことに口うるさいんだな」
「お前がそれ言うか? ミリミリ細かい『保護者』のお前があっ」
 比留川のおどけたツッコミに、松永の周囲がどっと笑った。直轄チームで最古参の高峰3等陸佐が、口ひげをいじりながら、美紗と松永を交互に見た。
「うまいこと言いますね。確かに『保護者』みたいだ」
「前に、日垣1佐からも『保護者』って言われたんですよ」
 お調子者の片桐1等空尉は、高峰の代役で美紗が情報交換会議に入る時の状況を、当時不在だった彼に面白おかしく説明した。松永が、年甲斐もなくむきになって、それに反論する。
 ますます賑やかになる面々を見ながら、美紗は、すでに自分が「直轄ジマ」という居場所に愛着を抱いていることを実感した。比留川が言うほど、松永の指導を煩わしく思ったことはない。極秘セクションである対テロ連絡準備室の連絡員という「別の顔」を持つ高峰と、何も知らぬふりをして共に勤務することにも、ほとんど慣れた。実際、チーム最年長の高峰は、管理職を務める比留川や松永よりよほど落ち着いていて、若い美紗や片桐をさりげなく見守る存在だった。
 数年の間に、メンバーの大半は異動してしまう。だからこそ、今の環境を大切にしたかった。それを、もはや何の帰属感も覚えない家族の存在に、かき乱されたくはない。

 美紗は、松永が身上書の件を再び持ち出す前に、その日のうちに処理したいものを急いで片付け、いつもより早めに事務所を出た。街灯があってもあまり明るくない防衛省の敷地の中を正門に向かって歩きながら、頭に浮かぶのは、思い出したくないことばかりだった。