スーパースターと白衣の天使
高校サッカー界のスーパースター、A高校二年生の高木祐樹君。数年に一人の逸材と言われている。長身の彼は甘いマスクをしていて、そのうえ学校の成績も抜群である。当然のことながら、女子高校生の間ではヘタなアイドルより遙かに人気がある。しかし、どんな人間だって神でない。完璧などということはありえない。スーパースター高木君にも欠点がある。実を言うと、男性自身が恐ろしく短小なのだ。だが、その秘密は誰にも知られていない。スーパースターではあったが、なぜか特定の女性と深い仲にならなかったし、また仲間に見せたことはない(無論、間違っても自慢して見せられるものではないが)。温泉に入るときも絶対に前を隠す。それゆえ、他人に知られることはなかったのである。
ところが、病気によって短小であるという事実を周りに知られることになった。その病気とは「痔」。尻の穴の周りできた痔は大きく、とても歩けないほど大きくなってしまったのである。早めに治療すればいいものを、誰にも相談しないまま、そのままほっておいた。その結果、歩くのも困難なほど悪化してしまい、とうとう手術する羽目に追い込まれた。
手術のことは、学校にも、部活の仲間にも、誰にも言わなかった。ただ、遠くにいる親戚に不幸があったと言って休んだ。自宅からわざわざ離れた病院に入院した。
高木君には、白衣の天使である看護婦に対して特別の思いがあった。看護婦は美しくてナイチンゲールのように優しいというイメージがあったのである。その病院の看護婦が、みな心優しいかどうであるかは分からないが、若くて美しい看護婦が揃っていた。もっとも患者の秘密をばらしかねない、スズメのようにおしゃべりな看護婦たちであるが。
看護婦マヤは高木君の大ファンだった。入院すると、何かにかこつけて、ちょくちょく彼のところにやって来た。むろん彼の気を引くためである。
高木君はマヤが自分のファンであることを知らないし、またあれこれ心配してくるのは逆にうるさいと思っていた。第一、顔がふっくらとしている彼女は好みではなかったのである。そこで、担当の看護婦ミカに、「あの看護婦(マヤ)は嫌いだ。うるさいし、顔はアンパンマンみたいで好きじゃない」とつい愚痴ってしまった。悪いことにミカはマヤの大の仲良しである。それからである。マヤが高木君を見る目が変わったのは。
手術のとき、マヤが助手の一人として立ち会った。つまり高木君の大切なものを見てしまったのである。
翌日、看護婦の控室で、マヤが看護婦仲間に、「高校サッカーのスーパースター高木君が手術したのを知っているわよね。私は手術で立ち会って見てしまったの。彼の大切なところ。それがとても小さくてかわいいの。まるで赤ん坊ね。あれじゃ、到底、結婚はできないわよ」と大きな声で言っているではないか。さらに、その大きさを小指で示す。
「このくらいよ。とても小さくて、かわいいのよ」と笑いながら言う。
次の瞬間、大爆笑が起こった。用があって、看護婦を探していたところ、控室の前に来て、たまたま少し開いていたドアの隙間から、その光景をそっと見てしまった高木君。中に入ってぶん殴ってやりたい気持ちを抑え、「白衣の天使なんか、大嫌いだ!」と心の中で叫んだ。
だが、それだけですまなかった。マヤはご丁寧にも、彼女の親戚で同時に高木君の部活の仲間の一人でもあるA君にメールで、「誰にも言っちゃだめだけど、高木君の秘密を知ってしまったの」と手術のことを事細かに教えたのである。数日後には、学校中に広まったのは、言うまでもない。
それが、原因かどうかは分からないが、高木君は転校した。むろん、サッカーで名門高である。
作品名:スーパースターと白衣の天使 作家名:楡井英夫