ダンス戯曲 イージオ&マーサ
パンチ でもな。最近の親方、すっかり歳をとっちまったからな
カシバル おい、パンチ、手を貸してくれ。よっこらしょ
整理棚から床面に降りるカシバル
カシバル きょうの稽古でほら、足が棒だww
パンチ お前さんも歳をとったってことだ、カシバル
タマシャ マイステルはこの劇場も閉めるつもりなのかしら
イワン だろうな
タマシャ じゃあ私たち、どこで踊ればいいの
クラリス ダンスしないと生きていけないわ、私
パンチ 俺は人を笑わせてないと生きてる意味がない
カシバル ヴィンスに言ってマイステルを説得してもらうってのはどう
だ?
イワン 無理だろう。ヴィンスは執事ロボット。究極のイエスマンだ
から
タマシャ じゃあどうすればいいの、私たち。死ねってこと?
イワン 自ら道を開くしかないだろう
クラリス えっ、どういう意味?
カシバル 逃げる、ってことか?
イワン それしかないだろ
パンチ どこへ?
カシバル どうやって?
イワン 俺に考えがある。大きな声では言えないから
皆に耳打ちするイワン
パンチ えっ!
タマシャ それじゃあ・・・
カシバル そうか、その手があったか
パンチ 無茶じゃねえか?
クラリス 無茶だよ。いくらカーニバルで人が大勢集まるからって
カシバル 無茶でもやるしかない。そうだろ、イワン
クラリス でもワイン樽のトラックなら隠れる場所がありそう
イワン しっ、声が大きい
整理棚上段にポツンと文楽人形がいる
タユー まあ楽しそうなこと。皆揃うて夜逃げの算段だすか
パンチ あっ、タユー。聞いてたのか
タユー へえ、初めから全部。よろしいはなぁ、あんたはんがたは
イワン タユー・・・
タユー うちは逃げとうにも、どこにも逃げられまへんよって
カシバル すまんな、タユー
タユー いいえ、気にせんといておくれやす。生まれながらに足が
ない私が悪いんやさかい。・・・私もこう見えて昔は花形
役者やっやったんだす。芝居小屋が私見たさのお客さんで
連日満員になったもんや。それがこの劇団にきた途端、貰
える役いうたら悪魔とか悪霊ばっかりや
イワン 俺、タユーの芝居、嫌いじゃないぜ
タユー まあ、イワン。そんなこと言うてくれるのは、あんただけや
パンチ タユーのこと、みんなリスペクトしてる。けど今度ばかり
は・・・
イワン 俺が負ぶって行く
一同 えっ?
イワン 俺がタユーを負ぶって逃げる
カシバル イワン、本気か?
タマシャ 無茶よ
タユー 負ぶるいうても私、こう見えて結構目方あるんよ、イワン
イワン 大丈夫
タユー いいえ足手まといになるだけや、足はないけど。その気持ち
だけ・・・
イワン いや、タユーを置いていくわけにはいかない。そうだろみん
な。タユーは俺たちの大切な仲間だ
目頭を押さえるタユー
タユー 嬉しいわ。イワンに負ぶられて逃げるやなんて、これがほん
まの道行きやないか
イワン ミチユキ?
タユー ううん、知らんかったら、よろしいおす
パンチ 大丈夫なのか、ほんとに?
イワン 心配するなって。みんな、これはイチかバチか、のるかそる
かの危険な賭けになる。行くか行かないかは自由だ。希望者
がいたら・・・
カシバル イワン!
パトカーのサイレンの音
拡声器の声(遠い) ― 逃げても無駄だぞ、早く出てきなさい!
稽古場の窓がごそごそと音をたてる
パンチ 誰かきた。隠れろ!
第1幕第3場
窓をこじ開けて暗い稽古場になだれ落ちるジュリア
拡声器の声 (やや近い) ― 住民は皆顔見知りだ、お前のような流れ者を
匿う者はおらん。おとなしく出てきなさい!
手さぐりで隠れ場所を探すジュリア
ジュリアの手にパンチの顔が触れ、キャッと飛びのくジュリア
ジュリアがスマホのライトをパンチにかざす
人形とわかり安堵するジュリア
あらためてライトをかざすと靴とズボンの裾が浮かび上がる
恐る恐るライトを上にあげるとそこには大男のカシバル
カシバルの隣にイワン
いずれも人形だとわかり溜め息をつく
ドアを激しく叩く音が続く
慌ててライトを消し、隠れ場所を探すジュリア
イワンの後ろに隠れるジュリア
稽古場の勝手口の扉の外に警察署長と警官Aが立っている
ドアを何度もノックする音にイージオが起きて応対する
警察署長が何か質問し、イージオが警官Aを招き入れる
警察署長の指示で稽古場を懐中電灯でくまなく照らす警官A
異常なし、と警察署長に報告する警官A
警察署長と警官Aを見送るイージオ
パンチを棚に置き直し寝室に戻るイージオ
パンチ 行ったか?
イワン しっ
カシバル 危なかったなぁ
イワン しっ。黙れ!痛っ!
パンチ 黙れってお前が声出してんじゃん
イワン くすぐったい、やめろ
カシバル イワンどうした?
イワン やめろって。誰だ?
イワンの背後でスマホのライトが灯る
次の瞬間イワンの身体が宙を舞い、机の角に叩きつけられる
小さな悲鳴とイワンと呼ぶ声が重なる
耳を押さえパニックになって稽古場を走り回るジュリア
恐々ライトを人形にかざすジュリア
沈黙する人形
人形の視線はイワンに注がれている
頭と腕がバラバラになったイワンをまたぐジュリア
ジュリアが窓にとりついたとき、ヴィンスが現れる
ヴィンス 誰ですか。あれほど夜中は静かにするように言ったはず・・
・イワン・・・
イワンの遺体を抱き上げるヴィンス
首、腕、足がちぎれ、胴が折れ曲がっている
ヴィンス イワンに何があったのですか、パンチ
首を横に降るパンチ
ヴィンス カシバル、あなたですか、こんな悪さをしたのは
口元に人差し指をあてて窓際に立つジュリアをこっそり指さすカシバル
窓際で人形のように固まっているジュリア
ヴィンス どちら様ですか?
黙って人形の振りを続けるジュリア
こっそり勝手口の扉のノブを手さぐりするジュリア
作品名:ダンス戯曲 イージオ&マーサ 作家名:JAY-TA