聞く子の約束
彼女は職員の中では一番若いぐらいだったのに、大学経営者の家族なので、ベテラン職員のように何でも知っていたし、多方面にも顔が利いただろう。僕はちゃんと立場をわきまえ、彼女とは敬語で会話していた。彼女も相談に乗ってくれる時は、ちゃんと考えてしっかりしたアドバイスをくれた。
例えば、キクちゃんは就職指導の担当者なので、
「就職活動のためには、部活に入っておいたほうがいいよ」
と言って、無難なクラブを紹介してくれて、そこに仲の良かったジュンと共に入部した。また、僕はなんとなく教職免許課程も受講していたので、
「将来、教育関係に進みたいなら、塾の講師のバイトをすれば?」
など言われて、それもそのまま実行した。
また、私生活においても、年長者として、または女性としての観点から、適格なアドバイスをくれた。特に印象に残っているエピソードとして、友人に貸した15万円の話がある。
僕は、短大時代に20歳になるまでに車を購入しようとして、お金を貯めていた。30万円ほど貯まった頃に、高校時代に仲のよかった友人が、15万円貸して欲しいと言って来た。どうやら交際相手が妊娠してしまったようだった。
「その時貸した15万、2年経っても返してくれないんだ。どうしたら返してくれるだろう?」
と、キクちゃんなら何かいいアドバイスをくれるかもしれないと思って、相談したことがあった。するとキクちゃんは、少し驚いた顔をした後、
「2年もずっと、催促してるの?」
「うん、1年くらい経って、遠くの専門学校に行ってしまって、会えなくなったんだ。でも、実家は分かってるから、絶対に借り逃げさせたくないんだよ」
「うーん。でも、もうそのお金は、諦めた方がいいんじゃない?」
と、笑顔で言った。
「いえいえ、15万は大金だし、諦める訳にはいきませんよ」
「じゃ、そのお金、もし自分の彼女が妊娠したとしたら、どうしてた?」
このように笑顔で聞くキクちゃんは、僕を試している気がして、慎重に答えようと思った。