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究極的教育社会の例

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「知らないの?私たちがむかし住んでた校舎から両親のいる家に帰されるとき―帰されるって言い方も初めていく家だからおかしいけどね―子供が校舎に帰りたいって言えば校舎に帰してもらえるってきまりが付けられたんだよ。それが、究極的教育委員会が親たちに突き付けた条件。」
「何それ私知らない。」
「私も。」
「まあ、親たちは子供には必死になって隠したろうね。その条件を知っている子供が校舎に帰りたくなってどこかの校舎に連絡を取ったら、その子は校舎に再び戻され、親たちは二度と会えなくなるだろうから。」
「でもそれ知ったからって、もとの校舎の生活に戻るのはきつくない?」
「そうそうこんなに甘やかされた後で規律正しい…ひたすら正しい生活には戻れないよ。」
「あーあ、このままぐだぐだと腐っていくだけか。」
「何にもしなくていいって一度言われると、もう夢とか目標とか馬鹿らしくなっちゃったもんね。」
「でも、そう思ってなかった自分に戻れるなら戻りたい。」
F子がぽつりと言った。その口調には懐かしさと寂しさと後悔の念が入り交じっていた。J子たちは押し黙った。そして口々に「帰りたい」「帰りたい」「帰りたい」とつぶやいた。でも、帰る勇気はなかった。
 J子が家に帰ると「お帰りなさい」と仏頂面の母親が出て来た。
「机の中の持ち物検査をしたの。」
J子は母親の脇を通り過ぎようとした。H実はJ子の腕を掴んで、引き止めた。
「白い粉が入っていたけれど、あれは何なの?」
「サプリメントよ。」
「本当に、本当にそうなのね?」
「ええ、そうよ。」
「ならいいわ。あなたがそう言うなら。それと、赤点のテストが引き出しの奥に押し込まれてたわね。」
「だから?別にもう大学とか行きたいとも思わねーし。」
「Jちゃん、あなたはもう大人なのだから分別ある行動を取って。大学に行かないで何するの?Jちゃんはやればできる子なんだから、お勉強して。Jちゃんにふさわしい場所に行くために。ふさわしい企業に就職するために、そして立派な好青年と出会って結婚して素晴らしい人生を送るために。その為にならお母さんはお金を出し惜しまないわ。塾でも家庭教師でもなんでもつけてあげる。」
「私が大人だと思うなら口出しすんじゃねえよ!」J子の感情は爆発した。
「いっつも、いっつも矛盾したことばかり言う。身勝手で、頭の悪いことばかり言う。あんたたちの言うことは全部間違い。私を悪い方へ方へ押し流した。なにもわからない私はその通りに流された。何の疑問も持たなかった。あんたたちが加える私に対する加筆修正は私の心をいびつにして、最後には砕いた。私はもう直らない。希望も夢も目標も大事にしていた心の宝物のような豊かさも二度と戻らない。返せ!返せ!」
J子はものすごい剣幕でまくしたてながら壁を蹴りまくった。母親は、
「わけの分からないことばかり言って!少しは自分を知りなさい!身勝手なのはあなたのほうよ。これだけ可愛がって大事にしてあげているのに何が不満なの?」
「ペットみたいに大事にしてるんでしょ?」
「また屁理屈を…。ペットが親から小遣い銭をむしり取る?あなたはケージに入って生活させられているわけ?」
「いっそ、本当にペットなら良かったわ。」
「あーあ、そうかもね。ご飯出来ているから一緒に食べましょ。今日はあなたの好きな天ぷらよ。部屋の掃除もしといたから。」
 H実はいつもJ子に対して突然態度がころりと変わる。腹を立てたかと思えば、次のセリフは猫なで声でご機嫌取りとなる。今日J子は条件のことを知って、その理由が分かった。
 J子は両親に対してますます我がまま放題に振る舞うようになった。授業中は友人たちと携帯ゲームで遊んだ。教師に注意されると仲間たちと連れだって教室の外に出て遊んだ。親に連絡がいき、父親はこっぴどくJ子を叱ろうとしたが、「真面目に授業を受けなさい」という叱責の最初の「ま」を言ったところで、J子は
「校舎に帰りたい。ママの方がいい。」
と泣き真似をしたので、父親は叱れなくなった。
 勉強なんてもう一切手を付けなかった。机の前に座ることをやめて、親には、「お菓子を買うから」「友達と遊ぶから」「お金がないとハブられる」「みんなと同じに髪を染めたい」と、小遣いをことごとく要求した。母親はほどほどにしなさいねと、ひきつった顔をしてお金を渡した。
 
 ただ愉しむことしか考えなくなった少年たちの非行は増加した。少年たちは愉しみながら希望を失い、そのことを自分にごまかすために、さらに不道徳・無節制に遊んでばかりいるようになった。
 
 ある日、H実はリビングテーブルの前に座り、張りつめた顔をしていた。そこにJ子は玄関から靴を脱ぎ捨てながら入って来て、
「お母さーん、友達の家に泊まるから、ついでに遊んで来るしお小遣い頂戴。それと、お泊りセット用意しといてね。あとそれから…。」
母の感情は爆発した。
「あんたなんか、校舎に帰ってしまいなさい!いらない!もう、いらない!」
J子は一瞬ショックを受けたが、すぐに、J子の心は冷えた冷静なものが乗っ取った。

 自分の子供を引き取った親たちは匙を投げ始めた。校舎に帰りたいと言った僅かな子供たちのためだけにまだ存在していた日本究極的教育委員会は、再び本格的に営みを開始した。親たちは押し付けるように子供たちを元の校舎に帰した。日本究極的教育委員会は、
 ―全ての現在存在する子供たち、そしてこれから生まれて来る子供たちを日本究極的教育委員会の運営する校舎で二十四時間管理下に置く。その際子供たちのプライバシーは尊重する。全ての子供の豊かな心を育む平等な平和と教育を。
との提案を政府に出し、子供たちと親たちの現状を把握した政府はこの提案を是とした。
 抵抗する僅かな親たちに説得力はもはやなかった。
 ?坂T美の実の娘は自殺していた。
―私は私の中身を全部こぼしてしまった。
と、書置きを残して。

「ママ」
5年ぶりにかつてのママに会ったJ子は思わずママを抱きしめた。涙を流しながら。そして、
 ママのそばが一番良かった
と言った。ママはポンポンと背中を叩いてやった。
「頑張って行こうね。これから。」

 日本究極的教育委員会は3年で子供たちの心身と学力を幾ばくか回復させた。これからも成果を上げ続けていくだろう。

 子供たちの心と頭と身体が健康であり続けますように。

 それが日本究極的教育委員会の全てなのである。
 
 
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作品名:究極的教育社会の例 作家名:立川玉子