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蛍舞う

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田植えも終わりカエルの合唱が聞こえ近所の栗の木に花が咲き出す頃、近くの水路には飛び交う蛍の姿が見られるようになった。
毎年この時季の楽しみの一つで、ご近所も小さな子供を連れて見に来て「綺麗ね」と声を上げている。

柔らかい黄色い光を点滅しながら右に左に飛び交う蛍を見ると心が和むのはなぜだろうか。この蛍が飛び交う様をどう表現したら良いのかふと考えた。ゆらゆらでも無ければふわふわでも無い、ましてスーッとでも無いと仕事をしながら考えているとふと浮かんだのが、「舞う」だった。

そうだ、蛍は飛ぶのでは無く舞っているのかと思うと合点が行く。右に左に、上に下に緩やかな放物線を描いて移動する様はまさに藤間流の日本舞踊では無いか?
ゆっくりと見え意外に早くそれでいて曲線を描き優雅な動きは飛ぶと言う言葉では表せないであろう。
まして英語のflyingなど全くニュアンスが違い、日本語の素晴らしさを改めて認識する。

この蛍も私が子供頃には珍しくもなくそこらにたくさんいて、夜箒を持って良く採りに行ったし、勝手に家の中にも入ってきていたが、今や数えるほどしか居ない。居なくなったのは蛍だけではなく、田植えが終わった頃稲の周りに三葉虫に似たカブトエビが群泳いでいたが見ることも稀で、みずすましにゲンゴロウ、タガメなど全く見ずカエルも少なくなった。それを餌にする蛇も居なければ、雀も少ないし、あれ程悪者にされたカラスさえあまり見ることはなく、何とも自然から離れた寂しい社会になってしまった。

都会では高級クラブだのレストランだのホテルだの、成金成功者のステータスとして取り上げられ、快適な空間で美味しい料理に高額有名ワインなど頂き、人工の明かりにエアコンも思いのまま調整できる、落ち着いた部屋でくつろぐ事を良しとする様だ。
しかしそれは言い換えれば年中変化の無い無機質な空間やサービスとは言えないか?

この歳になると子供の頃追いかけたあの蛍でさえひと時を演出してくれる大事なアイテムになるのだと思う。例えば真っ暗な部屋で大切な人と肌を合わせてる時に入った一匹の蛍。その明かりに照らされた紅おびた乳房に舌を這わせ、歓びを漏らすその表情にもほのかな明かり時に明るく時に仄暗く照らされ、洩れる吐息に時折遠くからホウホウとアオバズの 鳴声が加われば、このひとときの季節だけ楽しめる大人の時間だと感じる。それはギラギラのLEDの明かりでも4kの液晶でもキャンドルの灯りでも味わえない独特の演出だと思う。本来誰も味わえた決して子供に分からな色気のある大人しか出来ない事だったはずだが、今では最高の贅沢になってしまった様だ。
作品名:蛍舞う 作家名:のすひろ