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オオカミの餌食になれ

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 乙女の立ち姿とみずみずしい木立が描かれている、ピカソと言われなければ分からないほど、実に写実的であった。乙女は一点の瑕疵も曇りもない美しい瞳をしている。
 
ゴーン伯爵は沈黙した。そして、まるで瞑想するかのように眼を閉じた。どれほど彼は沈黙しただろうが。二人とも、ゴーン伯爵の世界に引き込まれていた。
ゴーン伯爵が窓の方を見ると、いつしか外は暗くなっている。そのうちに雷がなり始めた。凄まじい光が閃いたかと思うと、天地をも揺るがす轟音が鳴り響いた。
「夏を予感させるような雷ですな」
 ヤマグチ先生は軽く頷いてみせたが、ゴーン伯爵は無視して話し始めた。雨が降り始め窓を叩いた。雨の音にかき消されそうな小声である。わざとそうしたのである。二人をひきつけるために。
「この絵は私の友人の絵なのです。貴族ですが、ある悪党に引っ掛かって多額の借金を作ってしまった。そうでなければ、この絵はその人の宝物として邸の奥にでも飾られたでしょう」
 ゴーン伯爵はそこまで話すと、涙もろいヤマグチ先生は一筋の涙を流した。
「いい話です。買いましょう。いい話だ。なあ、館長、さっそく手続きをしたまえ」
 
 一か月後、ゴーン伯爵はインド洋に浮かぶモーリャスにいた。モーリャスはアフリカのマダカスカル島に近くで美しい海で有名である。海岸に立つと、地球の空間が有限であるということを忘れさせてくれるような無限に拡がる青い海がある。降り注ぐ強い日差しに、人々は浜辺で寝そべって本を読む者、甲羅ぼしをする者、トロール船で魚釣りに出かける者などさまざまである。
プライベートビーチにある南フランス風の造りをした高級ホテルでゴーン伯爵は友人と一緒に泊まり、次の餌食を求めて作戦を練っていた。
「しかし、ゴーン伯爵、いやスギシタさん。ものの見事にフランス貴族ゴーン伯爵を演じましたね。いとも簡単に政治家と館長を騙しましたね」
「ちょろいものさ。俺はもともとフランス人の血が入っているハーフだ。たいていの日本人は外国人と見間違える。長くヨーロッパにいたから、日本語はもちろんのこと、フランス語、ドイツ語、英語、みんな母国語のように話すことができる」
「あの絵を鑑定して見破れるでしょうか?」
「難しいだろうね。ピカソは子供の頃から人一倍の性欲があり、あちこちで恋をしているし、腐るほど絵を描いている。世の中にはずいぶんと贋作も出回っている。それにあの贋作は一流の贋作家が描いている。簡単に見破れないと思うよ。まあ、今頃、地方のマスコミで報道されて、たくさんの見学者でにぎわっているだろうさ」とゴーン伯爵、いや詐欺師スギシタは笑う。
「世の中は騙される奴が悪い。十八歳のとき、父親が友人に騙されて破産に追い込まれ、発狂した末に自殺した。そのときに悟ったよ。オオカミの餌食になる方が悪んだと」
作品名:オオカミの餌食になれ 作家名:楡井英夫