目覚めて二人におはようを
妹が彼女を連れてきた。
「人の妹でレズごっこするのやめてくれる?」
「わあ、お姉さん本当にシスコンなんですね。可愛い」
なにその反応。
さっさと出てけば?と言わんばかりに睨んでいると結菜がもうお姉ちゃんなんでそんなことしか言えないの、真冬ちゃん怖がっちゃうじゃんと抗議してくる。当の本人はずいぶん涼しそうな顔してるけど?というかこの女と怖がるって動詞はきっと無縁だと思う。
シックなフリルブラウスとマキシのスカートに秋色のケープでおとなしい子ですよ私オーラをばんばん出してる。そこがまず胡散臭い。面食いの結菜が選んだだけあって顔つきは貴族とかそういうのやってるような気もする。するけどそれとこれとは別。家に来てからずっと浮かべてる笑顔が明らかに信用出来ない人間のそれだし。
「ところでお姉さん」
「私はあなたの姉になった記憶はないんだけど」
「律儀ですね、そういうところも可愛いとおもいます。じゃあ瑞奈さん、」馴れ馴れしく呼ぶな。「お聞きしますけど。どっちが嫌なんですか?」
「どっちって何」
「レズとごっこ」
「両方に決まってるでしょ」
くすくす笑いながらお姉さんほんとうに可愛いね、と言われた結菜がそうかなあ、愛想悪いだけだよこれ。と指さしながら二人して私の横を通り抜けて二階にある結菜の部屋へと階段を登ってゆく。渋々引き下がって一応礼儀としてお茶とお菓子でも差し入れようと、台所に向かった私の耳に聞こえたのは間違いだと思いたい。
「だって愛想悪いってことは余裕がないってことでしょ?ひとの余裕のない姿って可愛いじゃない」
訂正。あれ貴族じゃなくて悪いお姫様だ。
ダージリンを入れてスコーンを焼いていると上から結菜が降りてくる、「あ、お姉ちゃんべつに私がやるのに」「いいの。それに結菜がやってたらあの女待ちぼうけするでしょ?」「そのくらい待ってくれるし、っていうか私が作って食べさせたかったんだけど…」だと思った。だからわざわざこうして手間をかけて手作りでお菓子なんかを用意してるわけで。
「お姉ちゃん、真冬のなにがそんなに気に入らないの。ああいうこと言うお姉ちゃん、見たくなかった」
「……それは、ごめん」
結菜は私を責めない。ただ理由を聞くだけだ。そういうのがいちばん堪える。私と違って結菜は短気じゃなくてゆっくりと感情が増えていくほうだから、根気強く私にどうしてを問いかけてきて、でも決して無理やり仲直りとかをさせるわけじゃない。ただ感情の着地点を一緒に探してくれる。その性急じゃない優しさは、私が結菜を好きな理由の一つ。
「謝るなら私じゃなくて真冬、だよ」そこで笑えるのが結菜で笑えないのが私。だから言えない。あの女が先週私に告白してきたって。
心を込めずに焼きあがったスコーンとまごころなんて欠片も入ってない紅茶をトレイに乗せてノックする、「持ってきたよ」。お姉ちゃんありがとう、とドアを開けてくれる結菜だいすき。お姉さんありがとうございます、とトレイを受け取りにくるこの女どうでもいい。早く帰れ。「わあ、これお姉さんが焼いてきてくれたんですか。お菓子作りできちゃうとか女子力高~い」。なにが。これ以上この場にいるとまた暴言を吐いて結菜に嫌われかねないので立ち去ろうとすると、お姉ちゃんちょっといい?と呼び止められた。
テーブルに向かい合って座って、改めて紹介。「はじめまして、遠藤真冬です。結菜と付き合ってます」白々しいにも程があるけれど結菜の手前、「こちらこそはじめまして、結菜の姉の瑞奈です。さっきは失礼なこと言ってごめんなさいね」。疲れるったらない。
「いえいえ、本当に結菜のこと心配してるんだなあって感心しちゃいました。だいぶ結菜から聞いてたんですけど」
「もう真冬、さっきからお姉ちゃんのお話ばっかり。ずるい」
ごめんゆな大好きだよー、と遠藤は結菜に腕を絡める。なにこの茶番。はやく出たいここ……。でもそれにしてもどうにかして聞いておかなくちゃいけないことがある。
「結菜とはいつ知り合ったんですか?」もーなんでそういうこと聞くのっ、とか恥ずかしがってる結菜超かわいい。さすが私の妹。
「四月にクラス替えで一緒になって、その時から知り合いになったんですけど、付き合ってるのは三ヶ月前からです」
こいつ最低。
◇
「で、これから私が結菜に嫌われずにあの尻軽女を放逐するためになんかできることってあると思う?」
「知るかシスコン」
そんな言い方ないじゃん、と膨れる私に取り合わないで英花は卵焼きを口に運ぶ。委員長然とした今時染めも巻きもしない髪と大人しそうな顔つきと卵焼きがいかにも真面目っぽいけどこれはカモフラージュで、なんでも「こういう格好してると舐められるでしょ?そういう相手をできるだけ悲惨な目に合わせるのって楽しいじゃない」とのこと。それを聞いて英花の家に行きたくなった。英花のお母さんあなたの娘は立派に育ってますよ。
「大体さ、もしその、真冬ちゃんだっけ、がまあそういう子だったとして、瑞奈がそこまで干渉することじゃなくない?誰が誰を好きでどうこうなんて結局当事者の問題だし、結菜ちゃんに窘められたんでしょ?」
「だからうまくいきそうな方法をこうして訊いてるんでしょー……」卵焼き二つ目。私はもうパンを平らげてジュースを片づけに入っているけどもうちょっとなんか食べたくて、そして英花の卵焼きはそこそこ美味しい。なので、「あげないからね」ちゃんと釘を差された。
「てかさあ、私に振られてまだシスコン治んないの?」
「だからそれはそれでこれはこれじゃん、……ごめんなさい何も言いません」
あんた結局私より結菜ちゃんが好きなんじゃん。英花にそこまで言わせちゃったことは本当に申し訳ないと思ってたりする。英花だけじゃなくて、ちょっと私と結菜の二人と仲良くなった人は冗談交じりだったり本気だったりで、いつも私にシスコンシスコンという。そんなコーンフレークみたいな言葉でひとの気持ちを括らないでほしい。
だって生まれてすぐから一緒にいて、結菜と一緒じゃなかった人生なんて考えられない。根気にかけるけどすぐ動く私とそれをちゃんと考えて最後に整える結菜、がそろって私達二人、それでいままで生きてきたのに。
「でもあれね」
「なに」
「当事者じゃなくなってみると、妹のことであれこれ悩んでる瑞奈は見てて楽しい」
そうですかー、とため息をついて突っ伏す。秋の机はちょっとざらざらしてて冷たい。期末までまだ一ヶ月、受験まであと一年。そろそろ勉強でしょ、なムードの教室の居心地はとりあえず悪くない。英花とこうして話しているぶんには気が紛れるし。
「そんなに気に入らない?」
目線を合わせて問いかけられる。気恥ずかしくなって顔をそらす。
「……だって、可哀想でしょ。もし私への当て付けで付き合ったんだとしても、結菜へのあてつけで私に告白してきたにしても」
「なんて断ったの?」
「ごめんなさい私シスコンなんで迷惑かけると思います、無理です」
今度は英花がため息をついた、「……弱点を自分から教えてどうすんのよあんた」。
「だって」
「だって?」
「人の妹でレズごっこするのやめてくれる?」
「わあ、お姉さん本当にシスコンなんですね。可愛い」
なにその反応。
さっさと出てけば?と言わんばかりに睨んでいると結菜がもうお姉ちゃんなんでそんなことしか言えないの、真冬ちゃん怖がっちゃうじゃんと抗議してくる。当の本人はずいぶん涼しそうな顔してるけど?というかこの女と怖がるって動詞はきっと無縁だと思う。
シックなフリルブラウスとマキシのスカートに秋色のケープでおとなしい子ですよ私オーラをばんばん出してる。そこがまず胡散臭い。面食いの結菜が選んだだけあって顔つきは貴族とかそういうのやってるような気もする。するけどそれとこれとは別。家に来てからずっと浮かべてる笑顔が明らかに信用出来ない人間のそれだし。
「ところでお姉さん」
「私はあなたの姉になった記憶はないんだけど」
「律儀ですね、そういうところも可愛いとおもいます。じゃあ瑞奈さん、」馴れ馴れしく呼ぶな。「お聞きしますけど。どっちが嫌なんですか?」
「どっちって何」
「レズとごっこ」
「両方に決まってるでしょ」
くすくす笑いながらお姉さんほんとうに可愛いね、と言われた結菜がそうかなあ、愛想悪いだけだよこれ。と指さしながら二人して私の横を通り抜けて二階にある結菜の部屋へと階段を登ってゆく。渋々引き下がって一応礼儀としてお茶とお菓子でも差し入れようと、台所に向かった私の耳に聞こえたのは間違いだと思いたい。
「だって愛想悪いってことは余裕がないってことでしょ?ひとの余裕のない姿って可愛いじゃない」
訂正。あれ貴族じゃなくて悪いお姫様だ。
ダージリンを入れてスコーンを焼いていると上から結菜が降りてくる、「あ、お姉ちゃんべつに私がやるのに」「いいの。それに結菜がやってたらあの女待ちぼうけするでしょ?」「そのくらい待ってくれるし、っていうか私が作って食べさせたかったんだけど…」だと思った。だからわざわざこうして手間をかけて手作りでお菓子なんかを用意してるわけで。
「お姉ちゃん、真冬のなにがそんなに気に入らないの。ああいうこと言うお姉ちゃん、見たくなかった」
「……それは、ごめん」
結菜は私を責めない。ただ理由を聞くだけだ。そういうのがいちばん堪える。私と違って結菜は短気じゃなくてゆっくりと感情が増えていくほうだから、根気強く私にどうしてを問いかけてきて、でも決して無理やり仲直りとかをさせるわけじゃない。ただ感情の着地点を一緒に探してくれる。その性急じゃない優しさは、私が結菜を好きな理由の一つ。
「謝るなら私じゃなくて真冬、だよ」そこで笑えるのが結菜で笑えないのが私。だから言えない。あの女が先週私に告白してきたって。
心を込めずに焼きあがったスコーンとまごころなんて欠片も入ってない紅茶をトレイに乗せてノックする、「持ってきたよ」。お姉ちゃんありがとう、とドアを開けてくれる結菜だいすき。お姉さんありがとうございます、とトレイを受け取りにくるこの女どうでもいい。早く帰れ。「わあ、これお姉さんが焼いてきてくれたんですか。お菓子作りできちゃうとか女子力高~い」。なにが。これ以上この場にいるとまた暴言を吐いて結菜に嫌われかねないので立ち去ろうとすると、お姉ちゃんちょっといい?と呼び止められた。
テーブルに向かい合って座って、改めて紹介。「はじめまして、遠藤真冬です。結菜と付き合ってます」白々しいにも程があるけれど結菜の手前、「こちらこそはじめまして、結菜の姉の瑞奈です。さっきは失礼なこと言ってごめんなさいね」。疲れるったらない。
「いえいえ、本当に結菜のこと心配してるんだなあって感心しちゃいました。だいぶ結菜から聞いてたんですけど」
「もう真冬、さっきからお姉ちゃんのお話ばっかり。ずるい」
ごめんゆな大好きだよー、と遠藤は結菜に腕を絡める。なにこの茶番。はやく出たいここ……。でもそれにしてもどうにかして聞いておかなくちゃいけないことがある。
「結菜とはいつ知り合ったんですか?」もーなんでそういうこと聞くのっ、とか恥ずかしがってる結菜超かわいい。さすが私の妹。
「四月にクラス替えで一緒になって、その時から知り合いになったんですけど、付き合ってるのは三ヶ月前からです」
こいつ最低。
◇
「で、これから私が結菜に嫌われずにあの尻軽女を放逐するためになんかできることってあると思う?」
「知るかシスコン」
そんな言い方ないじゃん、と膨れる私に取り合わないで英花は卵焼きを口に運ぶ。委員長然とした今時染めも巻きもしない髪と大人しそうな顔つきと卵焼きがいかにも真面目っぽいけどこれはカモフラージュで、なんでも「こういう格好してると舐められるでしょ?そういう相手をできるだけ悲惨な目に合わせるのって楽しいじゃない」とのこと。それを聞いて英花の家に行きたくなった。英花のお母さんあなたの娘は立派に育ってますよ。
「大体さ、もしその、真冬ちゃんだっけ、がまあそういう子だったとして、瑞奈がそこまで干渉することじゃなくない?誰が誰を好きでどうこうなんて結局当事者の問題だし、結菜ちゃんに窘められたんでしょ?」
「だからうまくいきそうな方法をこうして訊いてるんでしょー……」卵焼き二つ目。私はもうパンを平らげてジュースを片づけに入っているけどもうちょっとなんか食べたくて、そして英花の卵焼きはそこそこ美味しい。なので、「あげないからね」ちゃんと釘を差された。
「てかさあ、私に振られてまだシスコン治んないの?」
「だからそれはそれでこれはこれじゃん、……ごめんなさい何も言いません」
あんた結局私より結菜ちゃんが好きなんじゃん。英花にそこまで言わせちゃったことは本当に申し訳ないと思ってたりする。英花だけじゃなくて、ちょっと私と結菜の二人と仲良くなった人は冗談交じりだったり本気だったりで、いつも私にシスコンシスコンという。そんなコーンフレークみたいな言葉でひとの気持ちを括らないでほしい。
だって生まれてすぐから一緒にいて、結菜と一緒じゃなかった人生なんて考えられない。根気にかけるけどすぐ動く私とそれをちゃんと考えて最後に整える結菜、がそろって私達二人、それでいままで生きてきたのに。
「でもあれね」
「なに」
「当事者じゃなくなってみると、妹のことであれこれ悩んでる瑞奈は見てて楽しい」
そうですかー、とため息をついて突っ伏す。秋の机はちょっとざらざらしてて冷たい。期末までまだ一ヶ月、受験まであと一年。そろそろ勉強でしょ、なムードの教室の居心地はとりあえず悪くない。英花とこうして話しているぶんには気が紛れるし。
「そんなに気に入らない?」
目線を合わせて問いかけられる。気恥ずかしくなって顔をそらす。
「……だって、可哀想でしょ。もし私への当て付けで付き合ったんだとしても、結菜へのあてつけで私に告白してきたにしても」
「なんて断ったの?」
「ごめんなさい私シスコンなんで迷惑かけると思います、無理です」
今度は英花がため息をついた、「……弱点を自分から教えてどうすんのよあんた」。
「だって」
「だって?」
作品名:目覚めて二人におはようを 作家名:倉庫