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かいなに擁かれて~あるピアニストの物語~

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『もう二度と結婚なんてしない。と思っていたのに。それなのに――』
彼は魅華がさらに酷く深く暗闇に落ちてゆこうとするとき、いつも絶妙のタイミングで暖かく優しくそこから引き上げてくれた。鬱の暗闇の中に一条の光を見た。その光を辿り、伸ばした手の先に彼の温かい柔らかな手があった。
『魅華、今度こそ本当に幸せになりなよ! そうでないと私たち絶対に許さないからね! ほんとうに、おめでとう』みんなは心から祝福してくれた。嬉しくて涙がとまらなかった。
 それなのに――、
 歳月は、人の心をも変えてしまうものなのか。
それとも天は、魅華が誰かと寄り添うことを、拒み続けるのか。
あれほど自分を励まし支えてくれたみんなに、言いたくても全ての整理を終えるまでは言えない。と魅華は思った。
期日が迫り、過ぎようとしていた。
だけど、見つからない。どうしようもない。もう彼に話す以外に他はない。
魅華が形振り構わず、祈るように縋りついて頼んでも、どれだけ必死になって探しても得ることが出来なった事を彼はいとも簡単に、離婚の一切を承諾することと引き替えに、彼はピアノの移送とこの家を魅華に用意した。魅華は無名なピアニストである女独りの自分の無力さを、短く切り整えた爪が手のひらに食い込む痛みと、唇が千切れ奥歯が砕けるような思いを噛みしめた。

全ての整理を終えた魅華は、両親へ報告のために実家に帰った。
『パパ、お母さん、元気だった? あのね、ごめんなさい、ワタシ――彼と、離れたの』
『――――』
父母は驚き肩をうなだれた、ひとり娘の不憫さを嘆き悲しんだ。

りりぃーーーん しゃりりりーーーーん りりぃぃぃぃーーーん 
りりぃーーーん しゃりりりーーーーん りりぃぃぃぃーーーん
りりぃーーーん しゃりりりーーーーん りりぃぃぃぃーーーん

『すず、むし……』

山間の谷の駅に近い、この公営住宅の原っぱに一切の蒼が消えてそこにある命をも阻むかのように寒々しくなったというのに、それでも、そんななかでも小さな命を燃やし渾身の力を振り絞りながら老いさらばえた自らの羽を重ね合わせ、たった一匹だけになろうとも、すずむしは、消え入りそうな音色を奏でている。

『もう、心配はしないで、ワタシは、もう、大丈夫だから。昔みたいには――ならない』
『――――-』