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マナミもハゲタカだった

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「どういう男が好きなの?」
「それも内緒よ。カズさんみたいな人は嫌いじゃないわよ」と意味ありげに見つけた。
「今日はおしゃべりし過ぎたわ。忘れてね」と微笑んだ。
「大丈夫よ、私の頭は鶏以下よ。三歩歩く前に全て忘れる」とカズさんは大笑い。
 マナミが帰った後、少し離れたところでコーヒーを飲んでいた、県庁職員のハルカがマスターに近づいて聞いた。
「あれが噂のマナミさん?」
 マスターはうなずく。
「年齢は幾つ?」
 マスターは「知らない」と答えると、
「どこから見ても三十くらいにしか見えない。女盛りね」
「良く知らないけど、ハルカさんよりも年上のような気がしますよ」
 ハルカは来年三十に手が届く。針金のような体をしていて実年齢よりも十歳くらい上に見られる。知的な雰囲気がするが、鳥の足のような骨と皮の手をしていて、性的な魅力にとぼしいため、男が寄り付かず、処女ではないかと噂されている。
「気を付けなさいませ。マスター、あの手の美人は都合のよい仮面をつけている男をたぶらかすのよ。うかうかしていると、何もかもはぎ取られるわよ」
「それでしたら、ご心配なく。何も財産はありませんから。あるのは、このぼろい喫茶店だけです」
「清楚な感じがするけど、あれは昔、風俗で見たことがあると、知りあいのスケベ爺が言っていた」
「単なる噂でしょ? 他人は面白くおかしく脚色したがるものです」とマスターは笑う。
「実をいうと、マスター、私、見たの、偶然に」
「見たって、何を? 幽霊でも見た?」
「馬鹿なことを言わないでよ。あの女よ。マナミという女よ。近所で見たの。うちの周りは資産家が多いけど、その中でも一、二くらいの金持ちの橋本さんのおじいちゃんがいるの。その世話を半年前から始めたみたい。橋本さんの家は面白いの。おじいちゃんがいつ死ぬかと、みんなで固唾を飲んでじっと見守っているの。心筋梗塞で倒れたのが、もう十年も前。すぐに死ぬと思って遺産分割の算段をしているのに一向に死なない。小便は垂れ流すわ。飯がまずいと怒鳴るわ、認知症まではいかないけどぼけ始めているみたい。世話をするのが大変で、本来ならみんな離れていくはずなのに、年々いろんな人が集まるのよ。この前なんか、二十年前、おじいちゃんが七十歳のときに一夜の契りを結び、その際に子供ができたという女が来た。七十歳のおじいちゃんが一発やっただけで子供ができるはずはないとみんなで大笑いしていたけど。資産は十億を下らないという噂だから、誰も目の色を変えるのは不思議じゃない。でも、すごいのは、あのマナミという女よ。たった半年でおじいちゃんの心を鷲掴みしたみたいなの。そりゃ、自分の娘といっても六十過ぎよ。そんなババアよりも若い女に世話をしてもらった方が嬉しいに決まっているけど、今じゃ、あのマナミ以外、誰も近づけないという話よ」とハルカは笑った。
「俺もババアよりマナミさんの方がいい」とカズさんは言う。
「でも、マスター、あの女はおじいちゃんにおっぱいを触らせて、法外な見返りをもらっているという噂よ」
「噂だろ? 根も葉もないさ」とカズさんはマナミを援護する。
 だが、カズさんの脳裏に、つい最近、マナミが家を買ったという話を思い出した。いったい、その金はどこから出てきたのか。東京から逃げるように来たとき、所持金はわずかだと言った。誰かの遺産を相続したという話も聞いたことがない。介護士の仕事は大変な割には収入が少ない。とても家を買えるほど貯められるはずない。いったいどうやってお金を貯めたのか。
「あの女はとてもこぎれいな恰好している。持っているバックも悪くない」
「ハルカさんは細かいところを見ていますね」
「女は細かいところを見るのよ」
「マスターも気を付けなさい。うかうかしていると、何もかも取られるわよ。気付いたときは、ハゲタカに剥ぎ取られているわよ」

翌週、マナミが来ない。その翌週も、さらに、その次の週も。やっと来たのは、一か月のこと。
「どうしたの?」とカズさんが聞いた。
「仕事が忙しかったの」とマナミは微笑んだ。
「どう、新しい家は?」
「あの家、売ろうと思う?」
「どうして?」
「近所のおばさんたちがうるさいの。猫の鳴き声がうるさいとか、夜遅く帰ってきてうるさいとか。この前なんか、隣の家の塀に飼い猫が小便したとクレームが来た。すいませんと何度も謝ったのに、延々と文句を言うから、しまいに、文句は猫に直接言ってくださいと言ってやったら、口を開けたまま黙ったわ」とマナミは大笑い。
「あんたって、意外としたたかね」
「女は、みんな、そうよ。カズさんも気を付けてね」
「別の客にも言われた。でも、女にだまされても、何もないから平気よ」
「そういう人間に限ってたんまりと貯めているのよ」とマナミはじっとカズさんをにらむ。
「さっき、家を売ると言っていたけど、本気?」
「本気よ」
「売ったら、どうするの?」
「マンションでも買うわ」
「故郷に帰らないの?」
「故郷に帰っても住むところはないわ?」
「故郷はどこ?」
「内緒よ。今度教えてやる。そうだ、一緒に桜を見に行かない? 街はずれの川沿いに桜並木があって、とてもきれいなの」
「いいな」とカズさん。
「カズさんと一緒に帰ったら、みんな夫婦と思うかも」とマナミは微笑む。
「そんなことはないだろ」とカズさんは照れる。
「ところで、カズさん、お願いがあるの。マンションに住むために五十万必要なの。貸して。家が売れたら返すから」
「いいよ。来週の月曜でも寄れよ。貸すから」
月曜日、カズさんは銀行から五十万おろしマナミに貸した。カズさんは五十万貸したことが嬉しかった。マナミとのつながりができたと思ったから。

 五日後、ハルカがやって来た。
「ねえ、橋本のおじいさんが死んだの。死ぬ一か月前に、現金が三千万も引き出されていたので、大騒ぎ。マナミという女もちょうど一か月に辞めているの。派遣先に問い合わせたら、会社自体辞めていて、行方が分からないみたい。あの女がおじいちゃんをだまして持ち去ったと、家の人は言っている。弁護士に相談したみたいだけど、だまされたという証拠がない限り、告訴をすることは無理だと言われたみたい。それに行方が分からないからどうしょうもないわね。まあ、マナミもハゲタカだったということよ。でも一番のハゲタカは孫娘みたい。歯科医院を開くために数億円もぶんどっていたのが発覚し大騒ぎ。殴り合いの寸前のところまで大喧嘩をしたみたい。欲のためなら、何でもするのが人間ね」 
カズさんは聞いていなかった。五十万をむしり取って消えたマナミに腹が立ってどうしょうもなかったからである。ハルカが帰った後で電話をしてみたが、つながらない。すると、まんまと手玉に取られた自分があまりに滑稽で大笑いした。泣きたいと思いを感じながら。