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マナミもハゲタカだった

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『マナミもハゲタカだった』

 ヘルパーをやっているマナミは美人でミステリアスな女である。もう四十を過ぎているはずだが、三十程度にしかみえない。どこで生まれ、どこで過ごしたか、誰も知らない。十年前にN市にやってきて、アルバイトをしながら介護士の資格をとり、半年前、海に通じる坂の中腹にある空き家を買い取り、猫と一緒に住んでいる。猫の数は三匹。
N市にやってきた頃、町中の路上で男と大喧嘩した噂があったが、それ以外噂は全くない。あまりの美人なので誰かの愛人になっていると陰口を叩く者がいるが、本人は全く意に介さない。 
近所付き合いはあまりせず、平日はヘルパーの仕事をして、土曜日に寂れた喫茶店でマスターと話をしながら三、四時間過ごす。ビール瓶を一本空け、最後はコーヒーを飲んで帰る。週末は家でスペイン料理を研究しているという。男がいない規則正しい生活を送っている(もっとも本当に男がいないのかは誰も知らない。傍目からは、いないように見えるというだけである)。
 
マナミが土曜日に行く喫茶店は、家からバスで三十分かかる。朝、猫に餌を与えて、買い物ついでに午前十一時くらいに寄る。店の中はマスターと数人くらいしかいない。その喫茶店は夕方くらいから混み始める。おそらく収支はとんとんの冴えない喫茶店である。
マスターは五十のタチバナ・カズヒコ。いつの頃か、マナミは親しみを込めてカズさんと呼ぶ。普段は口数の少ないマナミもカズさんの前では饒舌になる。

 新緑が映える五月。いつものように訪れたマナミにカズさんが呟く。
「桜が散った後はどんな花が咲く?」
「春だからいろんな花が咲くよ。ツツジとか。もうじき藤の花が咲くと思うけど」
「ところで、歳は取りたくないね」とカズさんが嘆く。
「どういうこと?」
「近所で小学校の先生をやっていたおばあさんが最近息を引き取った。で、親族が整理したら、親から引き継いだはずの数億円の遺産がものの見事に消えていた。代わりに家の中はがらくたばりがたくさんあった。きっと美術品と称してがらくたを売りつけられたと言っていた。みんな、ごみ回収に出して数十万にかかったとこぼしていた。土地を売って手間賃を稼ぐといったけど、あの辺の土地は売っても二束三文。家を壊して更地にして売っても、きっと利益なんか出ないと思う。でも、あのばあさんにとって、人生って何だったのかしら?」
マナミは笑いながら、「そのおばあさんだけじゃないわよ。誰もが儚く人生を終えるの。昔ね。母親と一緒に砂浜を歩いたことがある。ふと、振り返ったら、足跡が打ち寄せる波で次々と消されていった。あれが妙に心に残った。私もいろんな経験して分かった。人の軌跡もあの砂浜の足跡と一緒で初めから存在しなかったようにきれいに消えていく」
「マナミちゃんが幾つくらいの話?」
「忘れた。でも、遠い昔の話よ。十歳くらい。その一週間後に母親は自殺した。自殺した後、母親がなぜ、あの海辺に連れていったのかと考えた。晩秋の浜辺には誰もいないのに。ただ手をつないで歩いた。一緒に歩いたという思い出を残したかったのか。今となっては何も分からないけど、人生は人が思っているより、簡単に消える」とマナミは微笑んだ。
「だけど、ぼけて死ぬのというのは、何としても避けたいわね。市会議員やっていたおじいちゃんを世話しているけど、そのおじいちゃん。先生と呼ばないととても不機嫌になるの。でも認知症になって、ところかまわず小便するの。箪笥の中にも、カーテンにも。便器だと思って立ち小便する。プライドの高い娘さんは誰にも父親が認知症にかかっているなんて言わないけど、家の中は、臭いし汚い。外から見ると、とても立派な家だけど。頭を使うような仕事の人も、リタイアすると意外と早く認知症になる。政治家と学校の先生とか」とマナミは笑う。
カズさんも大笑した後、「でも、俺も人のことを笑えない。最近、老いを感じるようになった。このまま心臓が止まってしまうのではなのかとか、頭がぼけたどうしょうかとか、悩むことが多くなった」
「悩んでも始まらないわよ。猫でも飼いなさい。猫の世話をすれば、ぼけないわよ。私は飼っている」
「動物は嫌い。それに自分の方が世話をして欲しい」
二人は顔を見合わせて大笑い。
「それにしても、マナミちゃんは不思議よね。この店にもう十年近く来てもらっているけど、素性も何もかもよく分からない」
「聞きたい?」
「教えてくれるなら、聞きたい」
「そんなに聞きたいなら、マスターだけ、特別に話してあげる。今日は妙に気分が良いから」とほろ酔い気分のマナミが話を始めた。

 ――マナミは十八歳までS県S市で暮らした。それから上京し専門学校に入った。彼女の前に一人の男が現れた。悪いことに女を食い物にする男だった。ハンサムで優しいインテリの顔をしていた。確かに医大にまで進んだが、ギャンブルと女にのめり込み、大学を中退して、これといった仕事にもつかず、親から仕送りで優雅な暮らしをしていた。彼の手に落ちるのに一週間とかからなかった。何しろ女にかけての手練手管は天下一品だったから。まだ男を知らなかったマナミはひとたまりもなかった。すぐに彼の手に落ち、しゃれた彼のマンションで同棲を始めた。一年経った、ある時、別の女と彼が抱き合っているのを見てショックを受けた。あとで詰問しても、「あれは単なる遊びだよ、愛しているのは君だけだ、許しておくれ」と言われて元のさやに戻ってしまった。けれど、彼の女遊びは改まらないし、それでいて別れることもできなかった。女に生れた喜びを教えてくれた初めての男だったから。専門学校を卒業し、働き始めて二年目のある日、彼がやくざな街金融から多額の借金をした。その返済のために勝手に貯金を勝手におろした。それをなじると、暴力を振った。それがだんだんとエスカレーションしていった。殴られる度に、抱かれるのも拒もうとするが、優しくされて最後は抱かれてしまう。殴られて抱かれる、その繰り返し。抱いた後、決まって耳元で囁く。「マナミ、愛しているのはお前だけだ」と。いつしか離れようと思ったが、体が言うことをきかない。体にたくさんのあざができて、このままでは死んでしまうと思ったとき、着るものとわずかに残っている貯金を持って、彼のマンションを飛び出した。それからいろんなところを転々として、このN市にたどり着いた。そのとき、三十歳になっていた。――

「つまらない話でしょ?」とマナミは微笑んだ。
 カズさんは密かにマナミに心を寄せていた。毎週来てくれるのも、自分に幾分の気があると思っていた。いつか恋心を吐露しようと思っていた。だが、マナミの昔話を聞いて心が折れた。ドロドロした昔話をしたのは、あなたと住む世界が違うと言いたいのではないかと勘ぐってしまったのである。
「ドラマチックじゃない。ところで、そのやくざの男は、あなたと別れてどうなったの?」
「夜の商売をしている女に刺されて瀕死の重傷を負ったと風の便りで聞いた。くずのような男だったけど、女の扱い方は天下一品よ。ああいうのを色事師と言うのね」
「もう恋はしない?」
「こりごりと言いたいけど、体が言うことをきかない」とマナミは微笑んだ。
「じゃ、今、恋人はいるの?」
「内緒よ」