トイレの名作映画劇場
いつもは殺風景なトレイの白いドアを見つめるだけなのに、
なぜか超スペクタクルの映画が見えた。
「な、なんだこれ!」
最初こそ戸惑ったけれど、その映画の面白さに引き込まれ
いつしか自分がトイレにいることすら忘れていた。
あまりの魅力に見入っていると、
唐突にぶつりと映像が途切れトイレの壁が目に入る。
「あ、あれ……?
なんだよ。いいところなのに!
あのあとどうなったんだよ!?」
目をつむっても、なにをしても二度と見ることはできなかった。
翌日、トイレで用を足していると
ふたたびあの映画が見えてきた。
しかも、昨日の続き。
「まさか、敵の正体は自分の父親だったのか!!」
ここにきてまさかのどんでん返し。
先が気になるところだったが、用を澄ますと同時に映画も終了。
「うーん。用を足している間だけ観れるのか。
こんな細切れじゃ全然満足できないよ」
ますます面白くなってきたというのに、
毎回数分、長くて数十分じゃ気になって夜も眠れない。
「そうだ! トイレに行きまくるようになればいいんだ!」
そこから我が家のトイレは俺が独占することになった。
数日後、病院に担ぎ込まれるまでの話だ。
「なんでこんなに大量の下剤を飲んだんですか?
それも毎日。自殺ですか? ケツから自殺したいんですか?」
「いえ、映画を見たいんです。
今は自分の出生の秘密についての部分でそれはもう……」
「なに言ってるかわかりませんが、
とにかく下剤のがぶ飲みはもう止めてくださいね。
死んでしまっては元も子もないんですよ」
「…………」
「返事は?」
「……はい」
医者の剣幕に負けて、俺の下剤生活は幕を下ろした。
下剤を大量に飲んでトイレで用を足す時間が増えれば
当然、映画を見る時間も増えていく。
俺の体を張った作戦は大当たりでたしかに視聴時間は増えた。
ただ、出すものがないのに下剤を飲んで体は大いにむしばまれた。
「……さて、どうしようか」
普段の生活に戻ってからは、
下剤生活のなごりもあって数分の視聴時間に物足りなさを感じていた。
もっと見たい。
もっとじっくり見たい。
そんな方法があれば……。
「そうだ! 自分で作ってしまえばいいんだ!
映画として、ちゃんと形にすれば何度でも見返せるぞ!」
まさに青天のへきれき。
トイレで閃いたそのアイデアに自分でも驚いた。
その日を境に、俺は「視聴者」から「記録者」へと変わった。
トイレに行く前には精神を集中させて用を足す。
用を足している間に流れる映像はしっかり脳内に焼き付ける。
トイレから出るとそれを絵コンテに書き起こし、
セリフを書き残し、カット割りもメモする。
トイレと机を往復する日々が続いた。
「……できた! ついにできたぞ!!」
映画は完成した。
客を満足させるためでもなく、儲けるためでもなく。
自分のために何度も見返せるよう形に残すことができた。
「これで何度でも見返せるぞ!」
俺は嬉しくなって映画をさっそく見始めた。
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数ヵ月後、アカデミー賞のレッドカーペットの上を歩いていた。
公開した映画のファンが作中のコスプレをし、
俺にサインを求めながら黄色い歓声を上げる。
聞いたところによると、
俺が自分のために作った映画は歴代で一番売れたとか。
興奮しきった顔でリポーターがやってきた。
「監督、おめでとうございます!
映画は大好評ですね!」
「ありがとうございます、こんなに人気になるとは……」
「噂では、監督は自分の作品をご覧にならないそうですね。
それはなぜですか?」
「そ、それは……」
答えに悩んでいるとスタッフにせかされて会場へと通された。
今日はかんたんな舞台挨拶をする予定だった。
「えーー、みなさん。楽しんでください」
用意してきた挨拶を述べて帰ろうとすると、
スタッフがそれを制止し、司会者がマイクを持つ。
「さあ、今日の上映会ではなんと!
監督もサプライズ視聴してくださいます!
では、みなさん。目の前のスクリーンをご覧ください!」
大画面のスクリーンが下りて、俺は椅子に座らせる。
それもみんなの真正面に。
「や、やめろ! 放してくれ! 見たくないっ!」
「なにを恥ずかしがってるんですか監督。
誰もが認める名作じゃないですか」
司会者の合図で映画がはじまった。
その瞬間、俺はその場でおおいに漏らした。
「いつもトイレで映画を見建物だから……
映画を見ると、トイレするようになったんだ……」
それでも俺の映画『パブロフのトイレ』は大人気だった。
作品名:トイレの名作映画劇場 作家名:かなりえずき